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東京高等裁判所 昭和63年(う)615号 判決

本店所在地

東京都新宿区西新宿一丁目二五番一号

岩崎電工株式会社

右代表者代表取締役

山崎勇

国籍

大韓民国

住居

東京都渋谷区松濤一丁目二三番三号

松濤シティハウス二〇一号

会社役員

山崎勇こと尹柱烈

一九三四年二月二〇日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和六三年三月三〇日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官豊嶋秀直出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人伊藤卓藏、同早川晴雄、同加藤義樹、同神宮壽雄及び同権藤世寧連名の控訴趣意書並びに同補充書、弁護人大塚正夫及び同伊藤卓藏連名の控訴趣意書並びに同補充書(二通)に、これに対する答弁は、検察官豊嶋秀直名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、原判示第三の事実に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、被告人岩崎電工株式会社(以下単に「被告会社」という。)の昭和五八年三月期における所得の金額を計算するに当たり、被告会社が富士電機冷機株式会社(以下単に「富士冷機」という。)から受け取った八八七〇万円の仕入値引につき、これを被告会社の所得と認定したが、右値引は、富士冷機がアスター商事株式会社(以下単に「アスター商事」という。)に利益を供与する意図の許に行ったものであり、その支出につき、税務上寄付金の支出と認定されて、その利益供与が否認されることを回避するため、被告会社、富士冷機及びアスター商事の三者間で、あたかも値引契約が締結されたかのように仮装したものであって、被告会社のため真実仕入の値引がなされたものではないから、右仕入値引が被告会社の所得に当たらないものというべく、したがって、原判決の右認定は事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、被告会社が富士冷機から値引相当分として八八七〇万円の利益を取得した旨認定した原判決の結論は、正当として是認することが出来る。所論に鑑み、更に補足して説明することとする。関係各証拠によると、次の事実を認めることが出来、これに反する入谷昭の検察官に対する昭和六一年四月一五日付供述調書(原審記録一五三六丁)及び原審における被告人山崎勇こと尹柱烈(以下単に「被告人」という。)の供述は、他の関係証拠に照らし、にわかに措信することが出来ない。すなわち、

一  富士冷機は、その傘下にあったアスター商事に対し、多額の売掛金債権等を有していたが、同会社の業績が悪化し、右債権を回収することが出来ない状況にあったので、これを手放すべく、富士冷機の常務取締役永井隆及びアスター商事の代表取締役高橋弘美らは、アスター商事の株式の譲渡につき、被告人と交渉したところ、昭和五六年一一月一九日に至り、被告人との間で、アスター商事の損失を一億一八〇〇万円と見積り、そのうち六〇〇〇万円を富士冷機と右高橋とが負担し、残額の五八〇〇万円を被告会社で負担することとし、アスター商事の発行済株式中、富士冷機の所有するもののうち四万株を二〇〇〇万円で、右高橋の所有するもののうち一万四〇〇〇株を七〇〇万円でそれぞれ被告会社に譲渡する旨の合意が成立した。そこで、被告会社は、同月二一日、富士冷機らに二七〇〇万円を支払って、右株式を取得するとともに、アスター商事を被告会社の傘下に取り入れた。

二  ところが、その後、被告会社において、アスター商事の資産状態を調査したところ、富士冷機から提示された前記見積額よりはるかに悪い資産内容であることが判明した。そこで、被告人は、右永井らと再度交渉した結果、同年一二月八日、同人らとの間で、富士冷機のアスター商事に対する債権の合計額を五億四七〇〇万円とし、そのうちの二億六三〇〇万円については債務を免除し、一億五〇〇〇万円についてはアスター商事から商品の返品を受け、一億三四〇〇万円についてはアスター商事振出・被告会社裏書の手形の交付を受けて清算する旨の合意が成立したものの、それでもなお、アスター商事に対する八八六五万円余の債権が残ることとなったため、富士冷機は、同五七年三月ころ、アスター商事に対し、右残債権の支払いを請求した。これに対し、被告人は、アスター商事を引き受けたことにより多大の損害を被ったとして、逆に富士冷機に対し、同会社と被告会社間における自動販売機の売買に関し仕入代金の値引をするよう執拗に要求した。富士冷機としては、当初、被告人の値引要求に応ずる意思はなく、右残債権を回収するつもりでいたが、被告会社との一年間における取引高が二〇億ないし二五億円もあって、粗利益に換算しただけでも三億ないし三億五〇〇〇万円もの利益を上げることが出来るので、営業担当者らの間では、被告人の右要求に応じた方が得策である旨の意見が強かったため、これに応ずることとした。そこで、被告会社、富士冷機及びアスター商事の三者間で、同五七年三月二〇日、アスター商事は、富士冷機に宛てて、右残債権に見合う合計八八六五万七〇二七円を手形金額とし、その支払期日を同年七月から同五八年六月までの毎月二〇日とする約束手形一二通を振り出し、これに被告会社が裏書して富士冷機に交付すること、他方、富士冷機は、被告会社に対し、自社製の自動販売機を売却し、毎月売り上げる機械一台につき二万円を値引する内容の合意が成立した。そして、その合意に基づいて、アスター商事は、富士冷機に対し、被告会社裏書の約束手形一二通を振り出し、その手形は全部被告会社の資金で決済された。一方、富士冷機は、同五七年四月から同五八年三月までの間に、被告会社に売却した自動販売機の売上代金から合計八八七〇万円を値引した。なお、右値引交渉をした際、被告人から間違いなく値引する旨を記載した念書を入れるように要求されたので、当時富士冷機の食品機器特販事業部長の地位にあった廣幡忠恒及び同部次長の地位にあたった原靖雄の両名は、連名で被告会社宛の「1 昭和五七年三月二〇日アスター商事株式会社の約束手形一二通合計金額、八八六五万七〇二七円を受け取りました。2 上記手形の各々の期日に記載金額を返済致します。その方法は期日に合わせ機械代の値引処理を致します。」と記載した昭和五七年三月二〇日付念書を作成して交付した。

三  アスター商事は、被告会社が富士冷機から受けた値引分を手形の決済資金に充てるべく、これをアスター商事に対する再値引分として回してもらうつもりでいたので、被告会社との間でその旨の交渉をしたところ、右値引は被告会社に対するものであって、アスター商事に対するものではない上、被告会社とアスター商事との取引高が少なく、値引処理の方法で処理することは困難であるとの結論に達した。そのため、アスター商事としては、当初の目論見を実現することが出来ず、加えて、その当時の業績が営業資金の支払にも窮するほど逼迫していて、富士冷機に宛てて振り出した右手形を決済することが出来ない状況であったので、そのままでは不渡りを出さざるを得なかった。さりとて、右手形を不渡りにすることも出来ないので、被告会社は、結局、アスター商事に対し、手形決済資金を貸付けるとともに、右値引分を富士冷機から購入した機械の代金から減額して仕入を計上した。そして、アスター商事に対する右貸付金を一旦資産性を有する岩電勘定に計上した後、昭和五八年三月期の決算において、これを未収金として処理した上、当該事業年度の税務申告の際も同様の処理をした。なお、アスター商事においても、右借入金につき、一旦負債科目に計上した後、決算において、富士冷機に対する買掛金に振替処理したが、被告会社では右資産につき、現在まで何らの損失処理をもしていない。

以上認定したように、富士冷機がアスター商事に対し、残債権八八六五万円余の支払請求をしたところ、被告会社が富士冷機等からアスター商事の株式を譲り受けて、同会社を被告会社の傘下に取り入れたことにより多大の損害を被ったとして、逆に被告人から自動販売機の購入代金を値引して、その損害を填補するよう執拗に要求されたため、富士冷機は、営業政策上、被告人の右要求に応じた方が得策であると判断し、その要求に応じたものであること、被告会社は富士冷機から購入した自動販売機の仕入代金から現実に値引を受けていること、その値引相当分がアスター商事に対する貸付金債権として現存していることなどに照らし、被告会社が右値引相当分の利益を取得したことは明らかであって、前記念書が作成された経緯やその記載内容などに徴しても、これを否定することは出来ない。ましてや、富士冷機がアスター商事に利益供与したことにつき、税務上否認されることを慮ってこれを回避すべく、その手段として富士冷機の被告会社に対する値引が真実なされたものの如く仮装したものとは到底認められない。

所論は、被告会社が富士冷機から受けた値引分はアスター商事が富士冷機に宛てて振り出した手形一二通の支払資金に充てられることが予定されていたものであって、被告会社として何らの利益も取得していない旨主張する。

確かに、被告会社は、アスター商事が富士冷機に宛てて振り出した手形一二通に裏書をし、それらの手形はすべて被告会社の資金で決済されていることは、関係証拠上明らかである。しかしながら、右手形はアスター商事の富士冷機に対する買掛金の支払のために振り出されたものであって、被告会社としては、アスター商事の富士冷機に対する買掛金につき、本来その支払義務は存しないものであり、それにもかかわらず、右手形に裏書した上、その支払資金を提供したことは、アスター商事に対して、右手形の決済資金を貸付けたことにほかならず、現に右金員について、被告会社では一旦資産性を有する岩電勘定に計上し、その後の決算に際しても、アスター商事に対する貸付金の未収金として処理しているのであって、これらのことに徴すると、被告会社が値引によって受けた利益はアスター商事に対する貸付金という債権の形で現存していることが明らかであり、もしアスター商事の資産状況からして、その貸付金を回収することが不能となった場合、貸倒損失として、その貸倒となった日の属する事業年度において損金計上することが出来るのであるから、本件値引により被告会社が何らの利益をも取得していないという所論は到底採用することが出来ない。

論旨は理由がない。

控訴趣意中、原判示第一の事実に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、被告会社の昭和五六年三月期における実際所得額を認定するに当たり、たな卸資産である中味商品について、一四九二万九六四〇円相当の滞留品が存することを前提にしているが、右滞留品は商品価値を有しないものであるから、法人税法三三条二項、同法施行令六八条一号により、災害により著しく損傷したか、又は著しく陳腐化したものとして扱うべきであり、しかも、一四九二万円余の滞留品が存したことを認めるに足りる証拠も存しないのに、これらの点を看過して原判示第一の事実を認定した原判決は事実を誤認したものであって、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

そこで、検討するに、原判決は、所論指摘の事実を認定した証拠として、原審第一回公判調書中の被告人の供述部分(被告人は、原審第一回公判期日において、被告事件に対する陳述として、「大体その通り間違いありませんが、アスター商事(富士電機冷機)の関係については、よくお調べ戴きたい事情がありますのでよろしくお願いします。」と述べている。)、被告人の検察官に対する昭和六一年四月九日付供述調書(原審記録二七一一丁)、大蔵事務官大水孝幸作成の期末商品たな卸高調査書(同九丁 この調書は、いずれも当審で取り調べた被告会社作成の「昭和56年3月31日棚卸表」及び「在庫表参考資料(56・3・31)」に基づいて作成されたものである。)室中勲の検察官に対する昭和六一年四月一一日付供述調書(同五一五丁)を挙示しており、そして、右の各証拠によると、税務調書の結果、被告会社が昭和五六年三月期末において、一四九二万九六四〇円相当の滞留品を有していることが判明したので、税務当局では、これを被告会社の同期末におけるたな卸資産に含めて計上し、その上で同期の実際所得額を算出していることが認められ、原審もこれをそのまま是認したことが窺える。

もっとも、この点につき、被告人は、原審及び当審において、右滞留品は不良品と同様に資産価値を有しない商品である旨、縷々所謂に副う供述をしている。しかしながら、関係各証拠によると、被告会社では、中味商品につき、メーカーから仕入れてユーザーに届けたままの状態で流通に乗せることが出来る「流れ品」、検品しておけば、その都度メーカーに返品ないし交換することが出来るが、日時の経過等により返品等が出来なくなり、あるいは倉庫の奥の方に仕舞い込んで置いたため販売しないまま日時が経過した商品である「滞留品」、全く販売価値がないので廃棄する以外に方法の存しない「不良品」とにそれぞれ区別して取り扱っていること、そのいずれに該当するかは被告会社の作成したマニュアルに従い、現地の営業所が判断していること、決算期において期末たな卸を計上する際、右区分に応じて現地から報告されて来る資料に基づき、公表たな卸表や在庫表参考資料等を作成していることが認められるのであって、これに反する被告人の右供述はにわかに措信出来ない。右のように、被告会社では滞留品を全く資産価値のない不良品とは区別して扱っていることに徴し、滞留品の資産性を肯定することが出来、これを否定すべきいわれはないので、滞留品の資産性を肯定した原判決の結論には誤りがないというべきである。

もっとも、当審において取り調べた関係証拠によると、被告会社において、中味商品中、不良品として計上すべき四〇万四八六〇円につき、これを集計する際、過って滞留品に計上していることが認められる。したがって、これを滞留品から除外してその残額のみをたな卸資産に計上すべきであり、これを除外すると滞留品の総額は一四五二万四七八〇円となるので、これを一四九二万九六四〇円と認定した原判決は、この点で事実を誤認したものといわなければならない。しかしながら、仮に、右の部分も含めた滞留品全部の資産性が否定されるべきであって、これを肯定した原判決に所論のような誤りがあるとしても、その総額は一四九二万九六四〇円(実際は右認定のとおり四〇万四八六〇円の誤認に過ぎない。)であって、原判決の認定した昭和五六年三月期における実際所得金額の僅か三・六三パーセントに過ぎないから、その誤認は判決に影響を及ぼさないものというべきである。

論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告会社を罰金九〇〇〇万円に、被告人を原判決示第一及び第二の各罪について懲役一年に、同第三の罪について懲役六月に各処した原判決の量刑は、いずれも重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、自動販売機の販売等を目的とする被告会社の取締役の地位(本件起訴後の昭和六一年四月二五日代表取締役に就任した。)にあって、その実質的経営者として、被告会社の業務全般を統括していた被告人が、被告会社の法人税を免れようと企て、架空の広告宣伝費や設備補修費等を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五五年四月一日から同五八年三月三一日までの三事業年度における被告会社の実際所得額が一二億五一三万五三四一円もあったのに、所轄税務署長に対し、その所得額が二億四二四四万五六七七円しかないので、これに対する法人税は四五五六万一九〇〇円である旨を記載した内容虚偽の各確定申告書を提出し、その申告額と正規の法人税額との差額である三億九七一四万三七〇〇円の法人税を免れたという事案であって、その逋脱額が巨額であることはもとより、各事業年度の逋脱率が七七・三ないし九五・五パーセントに及び、三事業年度を通じても八九・七パーセントになるなど、いずれも極めて高率であること、被告人が本件犯行に及んだ動機は、簿外預金を設定して如何にも個人資産があるように装い、その預金を担保に銀行融資を容易にすること、将来被告会社の業績が不振に陥った場合に備えて資産を蓄積しておくこと、被告人の密入国等を入国管理事務所に告げる者がいるので、これらの者の口止め資金を得ようとしたこと、余裕ある生活をするための資金を得ようとしたことなどによるものであって、いずれも被告人のため特に考慮すべきものとは認め難いこと、本件犯行の態様は、決算期の直前ころ経理担当者から各期に生ずる利益の概算について報告を受けるや、それを検討した上、予め入手して置いた他社発行に係る領収書を使用し、経理担当者に架空の経費を計上するよう指示するとともに、その発覚を防止すべく帳簿操作まで行わせたほか、昭和五六年三月期には中味商品のたな卸除外をするなど、その手口が巧妙であることはもとより、計画的かつ悪質であること、被告人は、昭和四二年詐欺罪により長崎地方裁判所へ起訴されておりながら、その公判係属中に逃亡して出国し、同五七年に至って漸く出頭し、同年一二月二七日、同裁判所において、懲役二年(四年間の執行猶予付)に処せられたにもかかわらず、その逃亡期間中あるいは執行猶予期間中に本件各犯行に及んでいるのであって、その犯情が芳しくない上、本件脱税が長期にわたっていること、以上の諸点に徴すると、被告人の刑責は重いといわなければならない。

してみると、被告人が本件について深く反省していることは勿論、被告会社においても、本件につき修正申告をして、その本税のみならず、付帯税や地方税についてもすべて完納していること、公認会計士らによる経理事務に対する監視体制の充実強化をはかり、再発の防止に努めていること、被告会社や被告人が社会福祉施設等に多額の寄付をしていること、被告人が服役するようになると被告会社の経営に多大の影響が生ずること、その他所論が指摘する被告人の生い立ち、善行、健康状態、社会的制裁など、被告人に有利な諸般の情状を十分考慮してみても、被告人らに対する原判決の量刑はいずれも相当であって、これが重過ぎて不当であるとは到底考えられない。

なお、所論は、巨大な上場企業による逋脱事犯が起訴されていないこと、更に、逋脱額が三億円を起える事犯として起訴された事例でも、懲役刑について実刑に処せられることなく、その執行を猶予されていることなどに比し、被告人に実刑を科した原判決の量刑は著しく重過ぎて不当である旨主張する。確かに、大企業における脱税のすべてが刑事処分を受けているとは限らないこと、所論の引用する裁判例中には、その逋脱額が三億円を超えているのに、懲役刑について、その執行を猶予した事例を含んでいることは記録上明らかであり、また、逋脱犯の刑を量定するに当たり、逋脱額の多寡がその重要な要素となることも明らかである。しかしながら、刑の量定は、それのみによって決せられるものではなく、被告人に有利不利を問わず、あらゆる情状を十分検討して決すべきものであるから、単に逋脱額の多寡のみを比較して刑の軽量を論ずることは相当でなく、しかも、所論引用の裁判例は本件とは事案を異にするので、右の裁判例に比較しても、被告人に対し刑の執行を猶予しなかった原判決の量刑がいずれも重過ぎて不当であるとはいえない。

論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

昭和六三年(う)第六一五号

○ 控訴趣意書

法人税法違反 被告人 岩崎電工株式会社

同 同 山崎勇こと尹柱烈

右の者らに対する頭書被告事件についての弁護人等の控訴趣意は、左記のとおりである。

昭和六三年八月一二日

弁護人 大塚正夫

伊藤卓蔵

東京高等裁判所刑事第一部 御中

第一 被告会社に対する代金値引に関する原判決の事実認定及び判断の誤り。

原判決六丁裏以下「争点に対する判断」は、被告会社に対しなされた代金値引き行為は、同社と富士冷機、アスター商事の三社間になされた仮装行為の一環としてなされたことを見ていない点において、事実誤認の誤りを冒している外、この判断は、法人税法第一一条を適用すべき場合であるのに、これを適用しなかった誤りを冒している。

一 富士冷機が昭和五七年三月、被告会社に申し入れた総額八八六五万余のアスター商事振出手形に対する裏書の依頼は、富士冷機が行わんとしたアスター商事に対する二億六三〇〇万円の債務免除を表面に出さずに、アスター商事が弁済したかの如き外観を作成する作業の一環として申し入れたものであることは、原判決の肯認するところである(原判決七丁裏以下及び同一〇丁裏参照)。

原判決八丁裏に、「右手形の決済資金は、富士冷機が被告会社に売り渡す機械の代金から値引することによって、実質的に補填する旨申し入れた。」と認定している。

これは、債権者が債務者にその債務の弁済資金を直接供与することは、形としておかしいので、第三者(被告会社)にその弁済資金を与え、その第三者が、債務者にその弁済資金を供与した形を作り、結局、債務者がその金で債務を弁済した外観を作ることを依頼したことを認定しているのである。

富士冷機が、かかる外観を作る決意をしたのは、アスター商事に対する債権が貸倒れ等で処理できる事情がないのにかかわらず、債権を放棄すれば、この放棄は、法人税法上アスター商事に対する寄付金の支出とか、隠れた利益処分と目される虞があったためである。

富士冷機は、かかる不利益を避けるため、アスター商事が債務を弁済したかの如き外観を作出するため、まず被告会社にアスター商事振出しの金額総額八八六五万円余の手形に裏書をして貰い、被告会社にその手形の決済資金を供与する手段として、富士冷機が被告会社に売り渡す機械代金より、右手形金額と同額に至るまで値引きをすることを約したことは、原判決も認定するところである(原判決八丁裏)。

この約束の結果、被告会社と富士冷機の右機械売買の代金額は、総額において右手形金額に至るまで値引きされた外観を呈することになった。

しかし、この値引きは、被告会社において、右手形の決済を引き受けることを当然の前提とするものであり、被告会社がこれを拒否するならば、かかる値引きもまたあり得ない関係に立つものであることは当然である。

従って、被告会社が買い受けた右機械の対価は、右値引き後の代金額と裏書した手形金額の合計額となる筈である。

蓋し、被告会社の買入原価は、売主に対しその対価として負担した総債務(外観上の代金債務と右引受債務の合計額)額となるからである。

その結果、原判決の認定した売り渡した機械の代金の値引きというのは、仮装行為として値引きの外観を作ることの申入れであって、実質上の値引きではない(原判決八丁裏においても、被告会社が前記手形債務を決済しても、実質的にその負担を増大されるものではないと認定している。これは、八八六五万円余の手形債務をアスター商事を通じ富士冷機に支払っても、同社から同額の値引きを受けるからであって、被告会社が実質上値引きなしで機械を買い受けることと同一であることを示している。)

更に、以上が仮装行為である所以は、これらの行為によって実質的に利益を受ける者は、アスター商事か、富士冷機であって、被告会社は実質上値引きの利益を受けていないことから見て明白である。

ちなみに、右行為によりアスター商事の受ける利益は、外観上自己の債務を支払う資金を供与して貰い、そのことにより被告会社に新たな義務を負担しないこと(この点は後に詳述する。)であるか、又は実質上富士冷機より債務の免除を受けるかである。

富士冷機の受ける利益は、実質上債務免除をするが、これに伴う法人税法上の不利益を受けないことである。

二 そして被告会社はアスター商事に、同商事の富士冷機に対する前記手形債務の弁済資金を供与し、手形振出人であるアスター商事において右手形債務を弁済し、その所持する手形を回収したのである。

原判決九丁表において「アスター商事は支払手形を自ら決済する資金力がなく、したがって、被告会社が富士冷機から受ける仕入値引分を考慮してアスター商事に対し日本電業株式会社等の資金をも動員して手形を決済した」と認定しているが、右の「被告会社が…アスター商事に対し…手形を決済した」とあるのは、法律的にも事実的にも前記のように認められるべきものである。そうでなければ、富士冷機の目的とした、自己の債務者であるアスター商事が、自らその債務を履行した形がとれないからである。その点について、被告会社がアスター商事に対し、前記手形債務の弁済資金を供与した関係で、被告会社がアスター商事に対し、同額の金銭債権(すなわち、貸付金か立替払い金か或いは第三者が弁済資金を供与したことによる何らかの債権)を取得し、被告会社にそれだけの利益が生ずるという議論があり得ると思われるので、この点を検討する。

本件では元来、債権者(富士冷機)が第三者(被告会社)を通じて債務者(アスター商事)にその債務の返済資金を供与するのが実質である。

もし、かかる場合にも、その第三者が債務者に金を渡したことによって、権利を取得するならば、その第三者は、実質上他人の金でその他人と同額の権利を取得することに該当し、極めて非常識な結果となるし、また、アスター商事は、全然支払い能力がなかったことは、三者共通に認識していたところであった(原判決九丁表には、「もとよりアスター商事には手形を自ら決済する資力がなかった」と認定されている。)から、三者間において、被告会社が右資金の供与によりアスター商事に対し何らの権利を取得するものでないことが十分了解されていたと認めるのが常識である。

元来被告会社がアスター商事を買収する関係にあったから、同社に対し被告会社が金銭債権を取得することに実質的な利益はない関係にあったのである。原判決も、富士冷機が「被告会社に対し、富士冷機のアスター商事に対する債権の処理上、アスター商事振出、被告会社裏書の手形を富士冷機あてに振出して欲しい旨要請」したと判示している(原判決八丁裏)。

この文章自体、原判決も、富士冷機が被告会社に対し、実質上右手形の振出人同様の責任を負ってほしい旨を要請したことを示している。要するに、本来は、富士冷機がアスター商事に対して債務免除をすれば足りるものを、それをすれば税法上不利益をこうむるため、それを避ける目的で、アスター商事が富士冷機に対する債務を弁済した外観を作るため、被告会社を利用しただけであって、被告会社を実質上儲けさせる心算はなかったと見るのが通常である。

原判決八丁裏も「被告人は、富士冷機からの申し入れ(手形振出の申し入れ、但し、その手形の決済資金は値引きによって補填する旨の申し入れが付随する。)は、実質的に被告会社の負担を増大させるものでない」ことを認定している。すなわち、原判決でさえ、被告会社にとって損にはならない程度で儲けにはならない話であることを認定しているのである。

三 しかるに原判決は、「富士冷機の被告会社に対する仕入値引きは、富士冷機がアスター商事に対して有する債権のうち二億六三〇〇万円を放棄する等の合意の一環として行われたものであるが、それは富士冷機からアスター商事に対して行われたものではなく、被告会社に行われたものであって、被告会社としてその値引き相当分の利益を得たことは明らかである」と判示する(一〇丁裏)。

右判示の「それ」は値引き行為を指すと思われるが、富士冷機と被告会社間の機械売買代金の値引きであるから、買主である被告会社に対してなされるのが当然で、第三者であるアスター商事に対してなされる筈がない。

原判決は、その故をもって、値引き分に相当する利益は被告会社が受けたことは明白であるとする。

しかし、富士冷機と被告会社との間の売買代金の値引きによる利益は、右売買という法律行為だけを切り離して観察すれば、被告会社に帰属することは当然のことである。

しかし、原判決は、その際、同時に行われた三者間の合意により、被告会社がアスター商事の富士冷機に対する債務のうち、右値引分と同額の債務を実質上免責的に引き受けているため、実質的に値引きはないことを無視した点において、重大な事実誤認を冒している。

すなわち、被告会社が値引きを受けたことと、同額の債務を引き受けたことの二つの行為は、互いに相関連して、原判決認定の富士冷機が実質上アスター商事に対する債権を放棄するが、外観上だけ債務者が債務を履行したような形を作るという仮装行為の一環となるのであるから、二者は経済的に切り離して見るべきものはない。

仮にこのように、利益の流れを一つ一つ分離して観察するとしても、法人税法第一一条の適用があることは当然である。

すなわち、被告会社が代金値引きによる法律上の利益の帰属者であっても、それは単にアスター商事へその利益を流すトンネルとして受けとる単なる名義人であって、実質上その利益は第三者(外観上はアスター商事が無償で資金を受けとる利益、実質上は富士冷機が寄付金と見られないで債務免除をする利益)を享受する場合であるから、前記法条により、少なくとも被告会社は法人税法上は利益の帰属するものとして取り扱われるべきでないことは明白である。

従って、原判決は、この法条の適用を無視した誤りを冒したものというべきである。

四 原判決は、前述のとおり八丁裏において、富士冷機が被告会社に対し、富士冷機のアスター商事に対する債務の処理上、アスター商事振出、被告会社裏書の手形を富士冷機あてに振出して欲しい旨申し入れたことを認定している。

勿論、アスター商事は支払能力のない会社で、被告会社に買収される会社であるから、当然、その手形は、実質上被告会社が単独で決済する外ないことを承知して、その手形債務を負担することを依頼し、あわせて「その手形決済資金は、富士冷機が被告会社に売り渡す機械の代金債権から値引きをすることによって、実質的に補填する旨申し入れた」ことを認定している。

つまり、原判決は、右の申し入れは、被告会社に手形債務負担というマイナスを引き受けることを依頼し、同時に、代金値引きによる手形決済資金を供与するというプラスを与えることを約したことを認定しているのである。

従って、原判決は、プラスマイナスゼロにする話であったから、プラスがあったことは明白であるという議論をしているのである。

しかし、原判決によると、被告会社にマイナスがあること、すなわち手形債務決済資金をアスター商事に供与するという債務を負担したことは明白である。

従って、被告会社がアスター商事に対して手形決済資金を供与することを約したことによる債務負担、即ち損失を計上すべきであることは当然である。

従って、原判決が右損失を計上しないで脱税額を認定したのは重大な誤りである。

原判決十丁裏には「被告会社は…右仕入値引分をアスター商事に対する債務の支払に充てることをせず、未収金として…計上している」と判示している。

右にいう被告会社のアスター商事に対する債務は、何を指すか判文上明白でない。

原判決認定のとおり、被告会社に仕入値引きによる利益が生ずるとしても、被告会社は同額の金銭を手形決済資金としてアスター商事に支払うべき債務を負担したものであるから、被告会社に同額の損失が発生したものであることは当然である。

しかも、被告会社は、その債務を履行したことは、原判決九丁表記載のとおりである。

以上のとおり、原判決が、被告会社に右損失があったことを計上しないで脱税額を計算していることは重大な誤りである。

五 原判決の以上の判断は、被告会社の事後処理(アスター商事への資金の供与を貸付金として処理したとしたことなど)と関係があるように判文上読めるので、この点について言及する。

前述のような仮装行為を一度してしまうと、それに辻つまをあわせるため、別の仮装行為や、虚偽の帳簿上の処理をせざるを得ない破目に陥るのが通例であるが、被告会社も同様の状態に陥った。しかし、帳簿上の記載をどう処理しようと、法人税法の益金、損金の発生は事実によることは当然である。

原判決九丁表から裏にかけて、被告会社がアスーター商事の手形債務を決済したその資金の流れ(実質上は、被告会社をトンネルとして通過したに過ぎないが)をどう帳簿上処理するかについて、被告会社が種々の方法を検討し、結局、最終的に貸付金として処理したことを認定している。

しかし、被告会社の帳簿上、これを貸付金として記帳した事実はないのであるが、仮にそう記帳したからといって、実体上、被告会社にアスター商事に対する貸付金債権が発生するわけがないことは当然である。

蓋し実体は、アスター商事の右手形債務を被告会社において決済するという、富士冷機、被告会社及びアスター商事の三者間の契約に基く、被告会社のアスター商事に対する債務の履行として、右決済資金が支払われたものであるからである。

また、原判決十丁裏において、原判決は「被告会社は確定決算において右仕入割引分をアスター商事に対する債務の支払に充てることをせず」と判断している。

しかし、原判決の立場からすれば、当然、被告会社がアスター商事に対して手形支払のための資金を供与する債務を負担している筈であるから、その債務発生が既に被告会社の損失となるべきものである。従って被告会社がその支払をするしないにかかわらず、それを損失として計上すべきであることは当然である。(しかも、前述のとおり、被告会社はその支払をしている)。

従って、その損失を計上しなかったことが誤りであることは前述したとおりである。

更に、原判決は同所において、右仕入値引分を未収金として貸借対照表上の資産科目に計上したことを認定し、これは架空の経理処理ではないとしている。

未収金として計上したことが架空の処理でないというのであれば、被告会社が誰に対して何時いかなる金銭債権を取得したかを明確にすべきであるのに、原判決はこれをしていない。

考えられるのは、富士冷機が実質上アスター商事に対する債権を放棄するに際し、これを公表することを避け、形式上アスター商事がその債務を履行したかの如き外観を作出するため、まず、富士冷機が右債務と同額に至るまで、被告会社に対し、機械代金の値引きをし、被告会社がその値引き分をアスター商事に供与して、同商事をして富士冷機の債務を返済させる関係上、被告会社が右資金の供与の際同商事に対し、何らかの金銭債権を取得するのではないかということである。しかし、この点は既に検討したとおり、被告会社は、右の関係では、アスター商事に対し、何らの債権を取得するものではないと認めるべきものである。従って、未収金として計上したことは、架空の帳簿処理に過ぎないものである。

六 以上要するに、この八八六五万円余に関する限り、法人税法上最も問題となるのは、原判決認定の富士冷機が「アスター商事に対する前記二億六三〇〇万円の債務免除をそのまま公表処理することには、問題があり、アスター商事に対する同額の債権を何らかの方法で回収したように形式を整えようとした」点にあるのである(原判決八丁裏)。

そして、原判決は、富士冷機の被告会社に対する仕入値引は、富士冷機がアスター商事に対して有する債権のうち二億六三〇〇万円を放棄する等の合意の一環として行われたものであることを肯定する(原判決一〇丁裏)。

富士冷機自身も、これらの行為が寄付金として認定されることも考えられるが、その場合は止むを得ないと考えていたように見受けられる(証人松島孝の証人尋問調書七一丁以下)。

行為者(富士冷機)自身、その行為の実体は、債権放棄即ち寄付金の支出(勿論アスター商事への)であることを知りながら、その実体を隠すために、極めて巧妙な経理上の操作をし、そのカラクリに被告会社、被告人も踊らされていたに過ぎないのである。

実体が富士冷機のアスター商事に対する債権放棄である以上、これにより実質上利益を受ける者は、アスター商事唯一社であって、中間の被告会社は利益の流れ来て、流れ去るトンネルとして利用されただけである。

しかるに、富士冷機は、何ら税法上の不利益をこうむらずにいるのに、被告会社と被告人のみを脱税者として扱うことは、正義の実現者である裁判所の到底容認することのできないところと信ずる。

第二 中身商品のうち滞留品について

一 被告会社は昭和四八年八月一八日設立されて以来、急速に発展した会社である。

そのため、本社もその地方組織も、また、その連絡関係も、或いは会社内部の各種の規則、規定も追々整備されて来たが、過去には、本社とその地方組織とが十分な連絡ができるよう組織づけが十分できていないときもあった。

被告会社の地方組織として、各地に営業所等があるが(昭和五六年当時は、約八十ケ所)、各営業所ごとに独立採算制をとっているため、各営業所は自己の営業成績を良好に報告しがちであった。

現に昭和五五年夏、札幌営業所において、約一億五〇〇〇万円の不良売掛金(その大部分は、自動販売機の売上に係るものであった。)があって、回収不能の状態にあることを、被告人自身出張して発見し、急遽、信販会社に、既に支払を受けた代金を返還するなど、大変な苦労をした苦い経験があった。

そのため、被告人は、会社の帳簿上の記載について、常にそれが実体に照合するものであるかどうか疑惑の念を持っていた。

被告人は、今回の事件においては、棚卸し資産、売掛金の存在について、特に積極的にこれを争わんとする意思はないが、現在までの立証過程において、特に検察官提出の証拠において、資産価値のないものにまで、新品同様の価値があるものとされていることについて、強く納得できない感を有している。

このことを控訴裁判所に特に御留意頂きたいと考える。

二 御注目頂きたい点は以下の点である。

原判決が判示事実の全部の証拠として揚げた収税官吏作成、期末商品たな卸高調査表(昭和六一年一月七日付大蔵事務官大水孝幸作成)によると、被告会社は、昭和五六年三月期において、中身商品の滞留品価格一四九二万九六四〇円相当のものがあるのに、これを申告しなかったとされていることである。

この滞留品とは、被告人本人の供述(第一六回公判調書と一体となる被告人供述調書三二丁以下)によると、中身商品(缶ドリンク)が運送中にケースの破損、汚れなどのため、また缶に傷がついたため、或いは倉庫の奥に入って取り出すのが遅れたためなどの事情により、通常の商品として扱うことができないもの、又は売行不良のため自動販売機に置いておけず、自然に古くなったものなどを指すと思われる。

以上の被告人の説明は、被告会社の営業上、当然予想されることであり、右の報告書自体「流れ品」と「滞留品」とを特に区別していること、前者は通常の流通過程におけるもの、後者は通常の流通におくことができず、滞ってしまった品を指すと解するのが普通であるから、被告人の右供述は信用されるべきものである。

そして、被告会社の扱う商品は缶ドリンクであって、その製造年月日が判明するものであること、そして売れれば売りたい立場の人間が売ることを断念したものであることを考え合わせると、これらの滞留品は、商品価値はないとする被告人の供述の方が常識的である。

三 しかるに、右調査報告書は、滞留品と流れ商品とを全く同じに評価していると思われる(同報告書添付の中身商品たな卸表の流れ品と滞留品との数量と価格とを対比すると同一評価であると判断される。)。

このような態度は著しく非常識であって、かかる取扱いは、消費者にとっても脅威であるといってよい程である。

従って、滞留品であっても、流れ商品同様の価値があることにつき、特段の事情の認められない本件にあっては、右報告書中の滞留品についての被告人の供述の方が信用されるべきである。

かかる商品は、商品価値のないものである以上、法人税法第三三条、同施行令第六八条により、右商品は災害により著しく損傷したか、又は著しく陳腐化したものとして、扱われるべきものである。

又は、少なくとも一四九二万円余の滞留品の存在については、これを認めるに足りる的確な証拠がないとされるべきである。

従って、判示第一の犯罪事実の別紙1修正損益計算書勘定科目〈4〉期末商品たな卸高の差引修正金額が更に訂正されるべきものである。

昭和六三年(う)第六一五号

○ 控訴趣意書

法人税法違反 被告人 岩崎電工株式会社

同 同 山崎勇こと尹柱烈

右の者らに対する頭書被告事件についての弁護人らの控訴趣意は、左記のとおりである。

昭和六三年八月一二日

主任弁護人 伊藤卓蔵

弁護人 早川晴雄

弁護人 加藤義樹

弁護人 神宮壽雄

弁護人 権藤世寧

東京高等裁判所第一刑事部 御中

目次

第一 被告会社が、昭和五八年三月期に、富士電機冷機株式会社から受けた約八八七〇万円の仕入値引に関する事実認定及び判断の誤りについて

一 仕入値引発生の経緯及びその前提となる事実関係について

二 本件仕入値引は仮装行為であり、値引利益は被告会社に帰属しないことについて

三 被告会社の経理処理に関する原判決の判断の誤りについて

四 値引利益と被告会社が同期に計上した架空の販売促進費との関係について

五 むすび

第二 量刑不当について

一 原判決が不利に判断した諸情状について

1 情状に関する原判決の認定について

2 動機について

3 逋脱の方法について

4 逃亡中又は執行猶予中の犯行であることについて

5 逋脱額と逋脱率について

二 被告人に有利な諸事情について

1 被告人の生い立ちと経歴について

2 被告人の善行と業界における業績について

3 社内体制の改善について

4 修正申告の上、本税、付帯税及び地方税等を完納していることについて

5 被告人の改悛の情と被告人の人柄、業界における信用などについて

6 社会的制裁及び刑罰と企業の存亡について

7 判決結果が被告人の本邦在留に及ぼす影響について

三 むすび

第一『被告会社が、昭和五八年三月期に、富士電機冷機株式会社(以下単に「富士冷機」という。)から受けた約八八七〇万円の仕入値引』に関する事実認定及び判断の誤りについて

原判決は、富士冷機から被告会社に対してなされた右の代金値引行為が、被告会社、富士冷機、アスター商事株式会社(以下単に「アスター商事」という。)の三者間になされた仮装行為の一環としてなされたことを看過した点において、重大な事実誤認を冒し、その結果、被告会社の昭和五八年三月期の所得額の認定を誤っているものである。

一 仕入値引発生の経緯、その前提となる事実関係について

1 被告人は、昭和五六年一一月一八日、被告会社において、富士冷機の永井隆常務から、初めてアスター商事買収の要請を受けた。

同日、永井常務は突然被告会社に来社して、被告人に富士冷機傘下の自動販売機商社であったアスター商事の経営を引き受けて欲しいとの申入れをしてきたのであった。

その際、永井常務は、「アスター商事には実質損失が一億円ほどあるが、その半分は旧株主側で負担する。岩電の販売力で、売上を月三、四〇台伸ばせば、直ぐ黒になりますよ。是非、引き受けて欲しい。悪いようにはしませんから是非頼みます。」などと再三述べ、被告人は、富士冷機側に余程の事情があると思い、永井常務が悪いようにはしないというので、一流企業である富士冷機の役員である同人の言に虚構はないものと信用し、被告会社が五〇〇〇万円程度の負担をするだけであれば、これに応じても良いと判断して、これを了承した。

すると、永井常務は、「覚書を作らせて欲しい。今日中に社長に見せて了解を取りたい。」といい、同行していた古池富士冷機営業管理部長に覚書の作成を指示したのであった。

被告人にすれば、突然の話であり、このように急がなければならない必要もなかったが、永井常務がどうしても急ぎたい様子であったので、古池部長が、その場で作成した文書に署名した。これが一一月一八日付文書であるが、その内容は、アスター商事が、一億円程度の資金補填をすれば良い会社であり、被告会社がその半分を負担すれば良いというものであった。

2 翌一一月一九日、富士冷機の永井常務、古池部長は、アスター商事の高橋社長とともに被告会社に来社し、古池部長からアスター商事の資金繰りについての説明があり、永井常務から「株式の譲渡を早急に行いたい。」との申入れがあって、これらを明確にする文書作成の要望が示された。

この作成に当り、富士冷機側は、被告人に対して、アスター商事の資産状態につき、同年九月末日現在の損失を八六〇〇万円、同年一〇月分の予想損失を一七〇〇万円、同年一一月分の予想損失を一五〇〇万円と説明し、被告会社が五八〇〇万円を負担すれば、経営状態は改善されるとの話をした。

被告人は、その金額が前日よりもさらに増加していて、しかも不確定な要素を前提にしていたので、釈然としなかったが、永井常務が、この日も「岩電には迷惑を掛けない。」と繰り返していたので、これを了承したのであった。

また、富士冷機の所有するアスター商事の株式の代金二七〇〇万円については、同月二一日に被告会社が支払うこととなった。

アスター商事買収の話合いは、このようにアスター商事への資金補填を如何なる範囲でするかという前提で推移したのであった。

3 被告人は、富士冷機の永井常務から、速やかに富士冷機の所有するアスター商事の株式を買い取って欲しい旨申入れられたので、被告会社は、同月二一日、富士冷機に同株式の代金として二七〇〇万円を支払った。

この間、アスター商事の資金状態の詳細は不明であり、富士冷機側の言うような資金負担によって経営しうるものか否か疑問であったことから、被告人は、被告会社の部長であった柴田一夫に、アスター商事の資産状態の洗い直しを命じた。

右柴田一夫の調査の結果、アスター商事の資産状態は、富士冷機側の提示した資産状態より、はるかに資産内容が悪く、陳腐化した高額の商品を抱え、回収不能の多額の売掛金債権等を有しているなど、極めて劣悪な状態で、帳簿上の資産を評価減せざるを得ないものの総金額は、約四億一三〇〇万円にのぼることが判明し、富士冷機が提示した程度の額の資金補填で経営を継続することは、とても出来ない不良会社であることが判った。

そこで、被告会社は、富士冷機に対して、アスター商事の資産内容を検討する機会を持つことを申入れ、同年一二月七日、被告会社において、富士冷機から永井常務、古池部長らが出席し、被告会社から被告人、柴田部長らが出席して検討会議を持ち、被告会社は、前記の資産の評価減の金額を主張したが、会議は紛糾して結論を得ることが出来なかった。

そうしたところ、永井常務は被告人を別室に誘い、同人に「迷惑は掛けないから、アスター商事を引き受けて欲しい。明日、出直してきます。」旨言い置いて部下社員らとともに辞去した。

4 富士冷機の永井常務は、翌一二月八日、再度、古池部長とともに被告会社を尋ねてきたが、その際、永井常務は、「富士冷機のアスター商事に対する債権は、合計五億四七〇〇万円であるが、内一億三四〇〇万円については、アスター商事振出・被告会社裏書の手形で支払って欲しい。あとは迷惑を掛けない。こちらのやり良い方法でやらせて欲しい。」などと言い、被告会社に対して、一億三四〇〇万円のみを出捐して貰いたいことを申入れてきた。

従来問題にされていたのは、アスター商事の資産の評価であったが、富士冷機はこれに触れることなく、自己のアスター商事に対する債権額を前提にした申入れをしてきたのである。

そして、これ以後の経緯においては、すべて富士冷機のアスター商事に対する債権額を前提にした処理が、その時々においてなされたのであった。(なお、このアスター商事に対する富士冷機の債権総額については、右の時点では約五億四七〇〇万円とされ、富士冷機社員井上喜栄の昭和六一年四月一四日付検察官調書(甲第六二号証)では、同五六年一二月一日の時点で五億五四九六万二〇七五円とされ、右永井常務の法廷証言並びに同人の昭和六一年一一月一三日付のメモによれば、約五億五二〇〇万円とされており、右買収当時、検察官捜査当時、公判証言当時の三つの時期で、別異の金額になること自体が実に奇異なことであるが、アスター商事は、富士冷機から正確な右の債権総額を秘匿されていて知るところではなかったのである。)

被告人にとっては、何故、富士冷機のアスター商事に対する債権額が基本となるのか判らなかったが、この申入れは被告会社が一億三四〇〇万円の出捐をしさえすれば良いというものであったので、これを了承した。

そして、右の一億三四〇〇万円という金額は、富士冷機のアスター商事に対する債権額五億四七〇〇万円から、被告会社の主張したアスター商事の資産の評価減の金額四億一三〇〇万円を控除した金額であったので、被告人は、富士冷機が被告会社の主張を認めたと理解したのであった。

この了解に基づき、アスター商事振出、被告会社裏書の支払手形が振り出され、富士冷機に交付されたが、被告会社も富士冷機も、アスター商事に決済能力のないことを十分承知していたのである。

その後、右の合計金額の支払手形は、順次決済された。

5 この取り決めのもとに、被告会社はアスター商事を買収したのであるが、アスター商事は差し当たっての営業資金にもこと欠いている状態であり、被告会社は、同年一二月二一日、銀行預金合計一億三〇〇〇万円を担保に提供して、三和銀行池袋支店からアスター商事に金一億三〇〇〇万円を貸付けてもらい、アスター商事は何とか営業資金を得ることができたのであった。

このアスター商事の借入金であるが、もとよりアスター商事に返済能力がある訳でもなく、結局、被告会社が担保として提供した預金と相殺することにより返済されたのであって、右金員は被告会社が負担したのであった。

6 一方、富士冷機は、前記の残金である約四億一三〇〇万円の債権を、債務免除、返品の方法で処理することが、税務上や社内的に問題があり、できないことであったので、これをなんらかの方法で回収したように仮装する必要があった。

そこで、富士冷機は、先ず、作成年月日を昭和五五年一〇月一五日まで遡らせた。アスター商事とのリベートに関する覚書を作成し、富士冷機がアスター商事に対して、約一億二二二九万円余のリベート支払債務を負っているとの外観を有する証拠書類を作出した上、同五六年一二月一九日、あたかも右債務の履行であるかのように装い、作出した右リベート支払債務とアスター商事に対する売掛金債権約四億一三〇〇万円の一部とを対等額で相殺処理したとの経理処理をして、アスター商事に対する債権額を帳簿上減少させた。

この処理は、全く富士冷機の社内のみでなされたことであり、被告人、アスター商事には全く知らされずに行われたことであった。

ついで、富士冷機は、これも内容の詳細を被告人、アスター商事に知らせることなく、同年一二年二四日から同五七年三月一六日にかけて、総額約一億八三〇〇万円に上る商品を、帳簿上返品されたこととする仮装の経理処理をして、アスター商事に対する債権額を帳簿上減少させた。

この二つの処理は、富士冷機の都合でなされたことであり、富士冷機の永井常務は、被告人に対して、同五七年一月九日ころ、右返品処理につき「返品を受け、すぐ再販したことにさせて欲しい。」と言って説明したのみであり、また、同年二月上旬ころ、右リベート債務につき「アスター商事の決算の際、昨年一二月に約一億二二〇〇万円のリベートを受け入れたことにして欲しい。」と言って要請してきたのみで、その詳細についての説明はなかった。

被告人は、これらの申し出を了解したが、永井常務がその都度「こちらのやりやすい方法でやらせて欲しい。」と言っていたので、アスター商事に対する債権を整理するについては、富士冷機の社内事情があるのであろうと思っていた。

なお、被告人が、富士冷機の行ったこれらの帳簿上の経理処理の詳細、時期、金額等を明確に認識したのは、原審公判が開始され、関係証拠が開示された後のことで、はじめてこれらの内容を知ったのであった。

7 富士冷機は、このようにして、アスター商事に対する売掛金債権を消却したが、アスター商事の高橋前社長から二七〇〇万円を弁済させるにしても、なお、八八六五万円余の債権が残存してしまうことになったため、同年三月下旬ころ、被告会社に対し、この債権処理のため、アスター商事振出・被告会社裏書の手形を富士冷機宛に振り出すことを要請した。

しかし、前記のとおり、被告人、富士冷機の両者は、アスター商事自体にこの手形を決済する資力がないことを承知していたから、被告人はこれを拒否したのである。

そうしたところ、右要請に際して、富士冷機は、右手形の決済資金を、被告会社に対する売掛金債権から控除する(売上値引)方法で補填することを文書で申入れ、手形は振り出すものの、その決済資金は富士冷機が出捐するものであることを明確にしたのであった。

このように、富士冷機の要請が、単に、同社のアスター商事に対する売掛金債権の消却のためのものであったので、被告人は、これを了解し、同月二〇日、本件各手形を富士冷機に交付したのであった。

この処理は、アスター商事にしてみれば、事実の債務支払いではなく、富士冷機にすれば、アスター商事から債務の支払いがあったとの外観を有する処理ができれば良いということからとられた仮装行為だったのである。

そして、以後、この方法によって、富士冷機はアスター商事に対する売掛金債権を回収したとの経理処理をすることができ、その債権の消却をしたのである。

8 被告会社は、富士冷機に対する買掛金が、値引で減少することにより利益を受けたかのような事態に置かれることとなったが、もとより、富士冷機の前記の仮装行為の手段として利用されたに過ぎず、アスター商事の前記手形の決済資金は、被告会社で補填していたから、この値引相当額の利益は、被告会社に何ら生じていなかった。

被告会社は、この値引相当額の金額をアスター商事に対して、同社に対する売掛金債権から値引きする方法で補填し、これによって被告会社が利益を受けたかのような結果になることを回避しようとしたが、アスター商事との取引総額との関係で不自然な程高額の値引となってしまうことから、この方法を取ることができなくなり、同年六月ころ、富士冷機からの手形決済資金の補填方法を種々検討したが、適当な方法を得ることができなかった。

そこで、被告会社は、そのころ、富士冷機に対して、値引き以外の方法を取って欲しい旨申入れたが、富士冷機は、この申入れに対して何らの対応もしなかった。

そのため、被告会社は、富士冷機のアスター商事に対する手形決済資金の供与を目的としてなされた一連の行為の中で、いわばトンネルと言うべき立場にあったにもかかわらず、これに合致する経理処理をすることができないところとなり、関連会社勘定の一つとして「アスター商事勘定」と呼称していた未収金勘定科目に、アスター商事へ補填をした前記手形金額と同額の金額を計上するしかないところとなったのであった。

これは確かに資産勘定科目への計上であったが、事実の未収金ではなく、実態のない金額の計上にすぎなかったのであって、勿論、被告人がこれを事実の未収金と考えたこともなかった。

9 ところで、アスター商事の資金状態、業績はもともと劣悪であったものであり、被告会社は同五六年一二月以降、営業資金の補填をはじめとする梃入れをしたが、とても改善できるような状態ではなく、同五七年九月、その営業を停止せざるを得ない状態となった。

そこで、被告人は、そのころ、富士冷機の永井常務に対して、「買収時に問題とされなかったもので、実際には不良資産であった売掛金債権などが総額で二億円程度あるので、補填して欲しい。」旨を申入れた。

これに対して、永井常務は、「五〇〇〇万円で勘弁して欲しい。」旨延べ、そのころ、富士冷機は、被告会社に対して、取引保証金の返戻と貸付金という経理処理で、合計五〇〇〇万円を補償した。

被告会社は、アスター商事買収後、前記のとおり、同社が、被告会社の預金を担保にした銀行借入よって営業資金を取得することが出来るようにしてやったが、もとよりアスター商事に返済能力はなく、右借入金返済は被告会社が行うほかなく、被告会社の負担は多大なものになっていた。

被告人にとっては、このように実質的に金銭的な損失負担をしていることに加えて、前記の約八八七〇万円の仕入値引きなるものまで被告会社の利益となってしまうことは納得がいかないことであった。

そこで、被告会社は、昭和五八年三月期の決算において、アスター商事宛に総額一億八四〇〇万円の支払経費の計上をしたのであった。

右経費計上は、国税当局によって、架空経費であるとされたが、実質的には、右のようなアスター商事買収に伴って発生した多額の損失をカバーし、実態のない前記未収金が計上されてしまうことによる不利益を排除するために行ったのであった。

二 本件仕入値引は仮装行為であり、値引利益は被告会社に帰属しないことについて

本件の約八八七〇万円の仕入値引が、如何なるものであるかを判断するに当たっては、右の事実関係を前提としなければならず、これを前提とする限り、右仕入値引は、被告会社、富士冷機、アスター商事の三者間になされた仮装行為を構成するものであって、事実の値引ではないのに、原判決はこれを看過して、通常の値引に過ぎないと認定している点において、重大な事実誤認をしていると確信するものである。

1 ところで、原判決は、「富士冷機が被告会社に対して行った総額約八八七〇万円の売上値引は、富士冷機が、アスター商事に対して有する債権のうち、二億六三〇〇万円を放棄する等の合意の一環として行われたものである」としており、(原判決第一〇丁裏参照)、「富士冷機は、アスター商事に対する二億六三〇〇万円の債務免除を公表処理することに問題があるとの検討結果に基づいて、アスター商事に対する一億二二〇〇万円のリベート支払債務を作出した上、これと右二億六三〇〇万円の債権とを相殺処理し、高橋社長から二七〇〇万円の弁済を受け、更に帳簿上の返品受け入れ処理を行ったことにして、二億六三〇〇万円の債権を回収したように形式を整えたが、これによってもなお八八六五万円余の債権が残ることとなった」旨判示している(原判決第八丁表裏参照)。

これから明らかなように、富士冷機が、昭和五七年三月下旬、被告会社に申入れた総額約八八六五万円のアスター商事振出、富士冷機宛の支払手形に対する裏書の依頼は、富士冷機が、アスター商事に対する二億六三〇〇万円の債務免除を表面に出さずに、アスター商事が自ら富士冷機に対する約八八六五万円の買掛金債務を支払い弁済したかのような外観を作出する作業の一環として申入れたものであることは、原判決の肯認するところである。

原判決が、被告会社のアスター商事買収に関する経過について認定した各事実は、検察官主張のそれとは大きく異なり、概ね弁護人らの主張に沿うものであり、原判決は、富士冷機の被告会社に対する売上値引が、アスター商事振出・被告会社裏書の支払手形の決裁資金を補填するためのものであったことを認定しているのである。

2 しかるに、原判決は、富士冷機の被告会社に対する売上値引が、直接アスター商事に手形決済資金を供与することを回避する手段であり、あくまで手形決済資金の原資が、富士冷機の出捐するものではないとの外観を作出するための仮装行為であつたことを看過し、右売上値引は、単に、アスター商事に対するものではなく、被告会社に対するものであったとしているのである。

しかし、これは、原判決が、前記のとおり、富士冷機の被告会社に対する売上値引が、アスター商事振出・被告会社裏書の支払手形の決済資金を補填するためのものであったと認定していることと大きく矛盾し、齟齬している

むしろ、原判決の認定したアスター商事をめぐる事実関係を前提にするならば、富士冷機が被告会社に対して行った売上値引は、富士冷機がアスター商事に利益(自己の富士冷機に対する債務支払い手段である手形の決済資金を、債権者である富士冷機に負担してもらうという利益)を与える意図で行った行為であり、富士冷機のアスター商事に対する右利益供与が、アスター商事に対する寄付金の支出と認定され、税務上否認させることを回避するために為された、事実の値引ではない仮装行為であったとの結論に至るのが当然である。

3 何故なら、原判決は、「富士冷機はアスター商事に対する債権を何らかの方法で回収したように形式を整える必要が生じたことから、同社に対するリベート支払債務の作出、帳簿上の返品受け入れ処理等を行い、このような方法によっても八八六五万円の債権が残ることになったため、被告会社に前記手形の振出を要請するとともに、手形決済資金を実質的に補填することを約した」と認定しているのであって、本件売上値引が、形式を整えるための手段の一つであることを肯認しているからである。

富士冷機が、かかる形式を整え、外観を作出する必要があったのは、アスター商事に対する右残債権を、貸倒処理等によって、合法的に消却することが出来る事情がないのにかかわらず、この残債権を放棄すれば、この放棄は、法人税法上、アスター商事に対する寄付金の支出とか、簿外の利益処分と目されるおそれがあったからである。

そこで、富士冷機は、第三者である被告会社を介在させ、到底決済能力のないアスター商事に手形を振り出させるものの、これに被告会社の裏書をさせて決済するように拘束した上、この決済資金をアスター商事に供与する手段として、売上値引の方法を取ったのである。

こうすれば、一方で富士冷機が、被告会社との通常の取引の中で同社に対して値引をしたこと、他方でアスター商事が、自己の資金でその振出にかかる手形の決済をしたことという、相互に独立した各事実しか表面に現れないことから、富士冷機は、前記のようなおそれを除き、税法上の不利益を回避することができるからであった。

これとともに、債権回収を完全に成し遂げたとの外観を呈することになるから、業績不良の子会社であったアスター商事担当の富士冷機関係者は、社内的に事業運営上の責任追及を免れることもできるからであった。

本件の富士冷機の被告会社に対する売上値引は、まさにこのような考慮からなされたものであり、アスター商事に対する利益供与を隠蔽するための仮装行為であったのである。

4 なるほど、富士冷機の被告会社に対する機械代金債権の決済のみを捉え、これを独立させて判断すれば、被告会社に値引利益が帰属しているかのように見える。

しかし、この値引は、被告会社において、前記手形の決済を引き受けることを当然の前提としているものであって、このことは、富士冷機社員広幡忠恒ら作成の昭和五七年三月二〇日付念書からも明らかである。

原判決も、「被告会社が、前記手形債務を決済しても、実質的にその負担を増大させるものではない。」と認定している(原判決第八丁裏)。

これは、被告会社が実質的にアスター商事の手形債務を富士冷機に支払っても、同社から同額の値引を受けるからであって、被告会社が、実質上値引なしで、富士冷機から機械を買い受けることと同一であることを示している。

にもかかわらず、原判決は、前記のとおり、被告会社が富士冷機から値引を受けることと、被告会社がアスター商事の富士冷機に対する債務のうち、右値引相当額の債務を、実質上免責的に引き受けていることとが、相互に関連しているにもかかわらず、これを無視した点において重大な事実誤認を冒しているのである。

すなわち、被告会社は、富士冷機から機械代金の値引を受けることにより、富士冷機に対する支払債務が値引分だけ減少するので、これのみを捉えれば、値引利益に享受するもののように見られるが、そもそも、この値引利益なるものは、アスター商事の振り出した富士冷機宛の支払手形の支払原資になることが予定されていたのであるから、被告会社は、アスター商事のために、これに代わって富士冷機から、この値引利益を受け取るにすぎない地位にあったものであり、いわば富士冷機からアスター商事に資金を還流させるための介在者であり、ダミーにすぎず、被告会社を利益の帰属者として扱うのは誤りなのである。

しかるに、原判決は、この実態を無視して、単に値引という処理の形式的な当時者が、富士冷機と被告会社であるとの点のみを捉え、この取引のみを切り離して判断しているが、これは誤りなのである。

翻って、本件において、被告会社が値引による利益を受けたか否か、これら一連の経理処理によって、実質的に利益を受けたものがだれかという実質面について考察してみても、この仮装行為によって実質的に利益を得たのは、被告会社ではなく、富士冷機及びアスター商事である。

アスター商事は、まさに富士冷機から債務の免除を受けるという結果を享受するという利益を得ている。

富士冷機は、アスター商事に対して債務免除をするにもかかわらず、前記のような法人税法上の不利益を受けないという利益を得ている。

これにひきかえ、被告会社は、本件の値引によって、何らの利益も享受していないのである。

このように、実質面から言っても、原判決の判断は誤りと言わざるを得ないのである。

5 ちなみに、従来、取引当事者間に、第三者を介在させることによって、売上利益を減縮させて経理処理し、これに基づいて納税申告した場合に、右第三者がダミーであることが判明すれば、このダミー会社の利益(取引当事者のいずれかの経費)は否認され、その利益(経費)は、取引当事者のいずれかの利益(所得)と認定されて課税されることは公知の事実である。

本件は、正に、その逆の場合である。

逆の場合であっても、ダミー性が明らかであれば、その所得(被告会社の所得)は否認されて然るべきである。

6 以上のとおりであって、原判決は、本件の値引行為が仮装の経理処理であって、事実の値引ではなく、被告会社は、この値引利益の帰属者でないことを看過し、取引及び経理処理の形式面のみをもって判断した結果、これによる利益が被告会社に帰属するとの重大な事実誤認を冒し、被告会社の所得を誤って認定しているのである。

三 被告会社の経理処理に関する原判決の判断の誤りについて

原判決は、前記の富士冷機の売上値引は被告会社に対するものであるとの判断の根拠として、「右売上値引相当分の金額が、被告会社の昭和五八年三月期の確定決算において、仕入高から減額され、資産科目である未収金科目に計上されている上、これは、被告会社がアスター商事に移転した手形決済資金をアスター商事に対する貸付金として処理することに決定していたことに基づくものである」と判示しており、被告会社の事後の経理処理(貸付金科目への計上)を問題としていると思われるが、これは根拠たりえない事柄であり、原判決の判断は、この点でも誤っている。

1 被告会社は、富士冷機から売上値引の処理を受けるものの、この売上値引相当の金員は、アスター商事が富士冷機宛に振り出した支払手形の決済資金としなければならないものであったから、被告会社は、この売上値引相当の金員をアスター商事に対して売上値引をする方法で、補填し、還流させようとした。

その方法論は別として、被告会社は、自己が富士冷機からの値引利益を取得する立場にはなかったから、このような還流を企図したのは当然のことであった。

ところが、被告会社とアスター商事との間には、アスター商事の業績不振ということもあって、さしたる金額の取引がなかったため、被告会社が富士冷機から受ける値引相当額ほどの金額を、アスター商事に値引することは、比率の上で不合理であり、辻褄を合わせて事実の値引であるかのような外観を作出することは不可能であった。

そこで、被告会社では、原判決も認定しているように、昭和五七年六月ころ、実務担当者が、如何にして富士冷機からアスター商事に供与される手形決済資金を還流させるかを検討したのであるが、この仮装の処理を隠蔽するに足りる合理的な方法は見つからなかったのである。

被告会社がこのようなことをしなければならなかったのは、富士冷機のためであったから、被告会社の実務担当者は、富士冷機の担当者に、別異の方法を取れないか否かについての検討を依頼したのであるが、富士冷機側からは、何らの解決策も与えられなかった。

そのため、被告会社は、辻褄をあわせる経理処理をすることが出来なくなってしまったのであった。

それはそれとして、被告会社としては、アスター商事に手形決済資金を還流させなければならず、この資金の出に対応する何らかの経理処理をしなければならなかったことから、仮勘定科目であり、関連会社勘定であった「アスター商事勘定」に計上したのである。

そして、期末に至り、これが未収金科目に計上されるところとなったのであった。

しかし、被告会社にとっては、この資産科目である未収金科目への計上は、全く形式的なものであり、名目に過ぎないものだったのである。

2 しかるに、原判決は、被告会社が前記のようなアスター商事への資金還流を、どのような帳簿上の処理で行うかについて検討したことを肯認しながら、「被告会社は、貸付金にすることを決定し、税務申告において未収金であるとの計上をしており、これは被告人の決定したもので、架空の処理ではない。」旨認定しているのである。

ここに言う「架空の処理ではない。」というのが、如何なる意味であるのか不明であるが、単に被告会社がこの科目に計上して税務申告している(公表処理している。)から架空ではないというならば、それは全く論拠足りえない重大な判断の誤りである。

何故なら、経理処理の形式に合致する実態があって、はじめて架空の経理処理ではないと言い得るのであって、まさに脱税事犯にあっては、被告人或いは被告会社のなした経理処理が、実態に合致するか否かを検討して、ある場合には簿外の収益を認定し、ある場合には帳簿上の経費支出を否認して、その所得を認定するのであり、公表の経理処理が実態のないものであれば、当然実態にあわせて修正されなければならないことだからである。

しかし、原判決は、このような点について検討、判断を全くしていないのであって、重大な判断の脱漏をしているものである。

更にまた、原判決は、「被告人が、アスター商事に対する貸付金とすることを決定したものである。」というが、原審一件記録中には、右の決定の事実を認定するに足りる証拠は全くなく、右の認定は証拠に基づかない推論である。

原判決の判断は、右のとおり証拠上も認められないのであるが、それ以上に、そもそも、ある経理処理が真実か否かは、それがある者の判断で決せられたか否かによることではないから、原判決が、被告人の決定の有無を根拠とすること自体誤りなのである。

原判決の論理をもってすれば、本件において、国税当局によって、架空経費として経費性を否認されたもの(例えば、株式会社総合通信社に対する広告宣伝費)についても、このような経理処理をすることは、被告人が決定したものであるから、右広告宣伝費も「架空の処理ではない。」こととならざるを得ないであろう。このことからも、原判決の論理が不合理であることが明らかである。

原判決が被告会社の未収金計上は、架空の処理でないというならば、この処理に符合する如何なる事実があったのかを明らかにすべきであるが、既に述べたように、被告会社のアスター商事に対する八八七〇万円の未収金は、実質のない名目のみの資産計上であったのである。

原判決は、右の事実を誤認し、経理処理の形式のみに固執し、外見のみに捕らわれて、被告会社の未収金である旨の処理には、何らの仮装がないとの認定をする誤りを犯しているのである。

3 ところで、被告会社がアスター商事に前記の手形の決済資金を還流したことによって、アスター商事に対して、何らかの債権を取得したかと言えば、そのようなことはないのである。

何故ならば、被告会社は、アスター商事の富士冷機に対する手形債務の履行がなされたかのような外観を作出するために介在したに過ぎず、アスター商事の手形決済資金は、富士冷機が出捐したのであるから、被告会社がこの資金をアスター商事に還流させたからといって、アスター商事に対する債権を取得する訳がないからである。

原判決は、「もとよりアスター商事には手形を自ら決済する資力がなかった。」(原判決第九丁表)とも認定しているのであって、このことからしても、被告会社、富士冷機、アスター商事の三者間においては、被告会社が右の資金還流によって、アスター商事に対して、何らの権利を取得するものではないことが、当然のこととされていたとの結論に至るのが常識である。

もとより、被告会社がこの未収金を真実の資産と認識していたこともなく、アスター商事から回収すべきものと考えたこともなかったが、これは当然のことであり、このことは、現在も計上されたままであることによっても明らかなのである。

以上のとおり、被告会社の未収金への計上は、辻褄を合わせるための経理処理であるにすぎず、何ら資産と言える実態のないものだったのである。

この点においても、原判決は、判断を誤っているものである。

四 値引利益と被告会社が同期に計上した架空の販売促進費との関係について

原判決は、富士冷機から被告会社に対してなされた売上値引が、仮装行為であることから、被告会社が、昭和五八年三月期に計上したアスター商事宛の架空の販売促進費中に、右仮装の売上値引によって生じる被告会社の架空の利益を圧縮する部分があるとすれば、これを認容せざるを得ないことを慮ったためと思われるが、「被告会社が昭和五八年三月期の決算に計上したアスター商事に対する一億八四〇〇万円の架空の販売促進費は、前記の富士冷機からの仕入値引とは関連性を有しない。」と認定しているので(原判決第一〇丁表)、これについて言及するが、この認定には、種々の重大な事実誤認があり、原判決は明らかに判断を誤っている。

1 原判決は、「右の架空の販売促進費は、被告会社においては、昭和五七年三月期の決算で計上していた日本マニックス株式会社(以下単に「日本マニックス」という。)宛の架空の広告宣伝費の支払方法として、日本マニックス宛に約束手形を振出し、同約束手形が未決済のままであったところ、被告会社が、昭和五八年七月ころ、右未決済の約束手形の宛先を、日本マニックスからアスター商事に変更したことに伴って計上された架空の処理であった」と説示している。

しかし、この認定は、右の各手形の振出の経緯を誤解し、錯覚しているのである。

すなわち、原判決の認定したように、被告会社が、昭和五七年三月期の決算において、日本マニックス宛に総額二億二一四八万円余の架空の広告宣伝費を計上したこと、被告会社が、このうちの総額一億六八五一万円余につき、支払手段として、受取人を日本マニックスとする約束手形を振出していたこと、これら未決済の約束手形の宛先が、原判決の認定した時期に、日本マニックスからアスター商事へと変更されたことの各事実が認められることは原判決のいうとおりである。

しかしながら、右の日本マニックス宛の架空の広告宣伝費は、被告会社の昭和五七年三月期の決算に計上されただけで、その後、右の架空経費を取り消す経理処理はなされておらず、従って、被告会社の翌期の決算である昭和五八年三月期における決算内容に関連するものではないのである。

被告会社が行った前記の約束手形の宛先の変更は、単に、支払手形として留保されていた手形の宛先を、日本マニックスからアスター商事へと変更したに過ぎないものだったのである。

すなわち、手形を書き替えて発行したにすぎないのであって、この手形の発行は、何らかの新たな経理処理に基づいているのでないのである。

つまり、被告会社の昭和五七年三月期の日本マニッスク宛の架空経費の計上自体は、同期の決算で完了したものであり、被告会社が、昭和五八年三月期の決算において、アスター商事宛に計上した一億八四〇〇万円の架空の販売促進費とは、全く別個独立のものであって、この両者は全く関連性を有しないのである。

2 しかるに、原判決は、右の二つの架空経費が互いに関連するもののように錯覚したのである。

すなわち、前記の手形の書替が、アスター商事に対する架空の販売促進費の支払手段としてなされたかの如く、錯覚したのである。

その原因は、日本マニックス宛の手形が問題のアスター商事宛に宛先変更されたこと、つまり、偶々二つの処理の相手方がアスター商事であったことによると思料されるのであるが、明らかな誤りである。

このことは次の事実からも明白である。

すなわち、右のアスター商事宛の一億八四〇〇万円の架空の販売促進費は、被告会社の昭和五八年三月期の決算に計上されたのであり、同年五月末には税務申告されているのである。

他方、前記の手形の宛先変更は同年七月ころになされたのであって、しかも、何ら帳簿上の記載変更をせずに、手形の書替をしただけのことであったのである。

この両者は、全く別個の行為であり、相互に関連するものではないのである。

3 ところで、被告会社においては、前記の富士冷機からの仕入値引が、何ら被告会社の利益になるものでなく、実質所得にならないものであるにもかかわらず、経理上は、被告会社の益金とされてしまうことになったため、この値引相当分の架空の益金を、所得から除外する方法を検討したが、適当な方法が見つからないまま、昭和五八年三月期の決算を迎えることになったのである。

被告会社は、他方、アスター商事に対し、昭和五六年一二月ころから、前記の事実関係のとおり、事業運営資金を出捐していて実質的な損失を蒙っていた。

そのため、被告会社としては、右の実質的な損失をカバーし、前記の富士冷機からの仕入値引相当分の架空の利益を所得から控除しなければ、不当に過大な所得を得ていたことになってしまう事態になっていたのである。

そこで、被告会社は、右のように、実質所得になっていないものが所得とされるという不当な事態を回避するために、昭和五八年三月期の決算において、アスター商事宛に総額一億八四〇〇万円の販売促進費を計上したのであった。

被告人は、捜査当局に対して、アスター商事買収の経緯、富士冷機のアスター商事に対する債権の消却の実態をありのまま陳述し、右のとおり、被告会社がアスター商事に対して計上した販売促進費中には、経費として認容してもらいたい部分(富士冷機の被告会社に対する売上値引金額相当分を含め)があることを主張したのであるが、被告人の右主張は全く無視され、一顧だにされなかったのである。

このようなことから、被告会社、被告人は、このアスター商事に対する販売促進費の計上と、富士冷機からの仕入値引の処理との関連性を主張してみても顧みられないと考えるに至り、原審で主張したように、問題の八八七〇万円の値引利益そのものについて、簿外仕入として認容するか、或いは、預り金に振り替えるなどして、被告会社の所得から減算すべきであると主張したのである。

ところで、被告人の前記の主張が無視されることとなったについては、富士冷機関係者の行った捜査機関に対する多分に虚偽の内容を含む供述が影響したと思われるが、これらの供述の虚偽である点は、原審公判廷での各人の証言でようやく明らかになったところである。

4 以上のとおりであって、原判決は、富士冷機からの八八七〇万円の仕入値引分の金員と、アスター商事に対して計上した一億八四〇〇万円の架空の販売促進費との間に、関連性がないことは明らかである。」などと説示するが、それが誤った認定に基づく判断であることは明らかであり、事実はその全く逆であって、この両者は正に関連していたのである。

五 むすび

このように、本件を種々検討すると、被告会社宛に富士冷機からなされた約八八七〇万円の値引の利益は、如何なる意味においても、被告会社に帰属していないことが明らかであるのに、原判決は、事実を誤認して、これが被告会社の所得を構成するものであるとし、かつ、右約八八七〇万円の値引と前記の一億八四〇〇万円の販売促進費の計上とは何ら関連性がないとする判断の誤りを冒しているのであって、この点において、原判決は到底破棄を免れないものであると確信する次第である。

第二、量刑不当について

原判決は、被告会社を罰金九〇〇〇万円に、被告人尹柱烈を判示第一及び第二の各罪について懲役一年に、判示第三の罪について懲役六月に、それぞれ処した。

仮に、前記八八七〇万円の件につき、これが、犯罪事実を構成すると認定されるとしても、右の量刑は、ことに、被告人に対し、実刑をもって処断するのは、以下の諸情状に照し、重きに失し、不当であるから、破棄されるべきである。

一、原判決から不利に判断した諸情状について

1、情状に関する原判決の認定について

原判決は、被告人の刑事責任は重いとし、その量刑の理由として、概略以下の事情を指摘した。

A、被告会社は、三事業年度分の合計で、三億九七一四万円余の法人税を免れたというものであって、そのほ脱額が巨額であり、そのほ脱率も五六年三月期が約九一パーセント、五七年三月期が約九五パーセント、五八年三月期が約七七パーセントと、いずれも極めて高率である。

B、その犯行の動機は、〈1〉簿外預金を設定して銀行借入を容易にする、〈2〉将来に備えて簿外資金を蓄積する、〈3〉被告人が密入国者であり、逃亡中の刑事被告人でもあったことから、これらの事実を種に、金を要求するものに対する支払資金を捻出する等のため、というものであるところ、経営者の多くは、適正な税金を支払った上で、経営の安定化に努力しており、右〈1〉、〈2〉の点については、何ら酌むべきところはなく、また、〈3〉の点については、自らの過去の行為を清算し、他人からつけ込まれるような原因を除去しておくべきであったのであり、この点を特に有利な事情と認めることは相当でない。

C、ほ脱の具体的方法をみると、期中から架空経費を計上して、それらを裏付ける証憑書類を準備し、更に、決算期に利益状況を見ながら経理部長等に指示して、多額の架空経費の計上等の不正経理を行わせ、振替伝票等の書替等により、これにあわせた公表帳簿を備えるなどして、犯行の発覚を妨げようとしていたもので、その犯行の手口は計画的かつ巧妙である。

D、しかも、被告人は、昭和四二年に詐欺罪により起訴されながら、逃亡し、同五七年に至ってようやく出頭し、同年一二月に懲役刑(執行猶予付)の判決を受けたものであり、刑事被告人として逃亡中又は執行猶予期間中に本件犯行に及んだものである、

などの点を総合勘案すると、犯情は悪質で、被告人の刑事責任は重いと言わなければならないと認定した。

右に認定された情状のうち、Aのほ脱額が高額であり、ほ脱率も高率であるとの点については、弁護人らも遺憾に思うところであるが、その他の情状については、原審弁論においても、弁護人が強調したとおり、原判決の評価とは異り、むしろ、被告人らのために酌むべき有利な情状として評価されるべきものと確信するところであり、これと、原判決も認定した被告人らにとって有利な情状を併せ考慮すれば、原判決の刑の量定、とりわけ、被告人を懲役一年及び同六月に処した実刑判決は、余りにも重く、被告人にとっての個別・具体的事情に思いを至さず、前記Aの数額と比率を、形式的、画一的に評価・判断の資料とし、これのみにとらわれた不当な量刑と言わざるを得ない。

2、動機について

(一) 原判決は、犯行の動機について、前記1、B、〈1〉〈2〉〈3〉を認定し、〈1〉〈2〉は、会社経営者の多くは、適正な税金を支払った上で、経営の安定化に努力しているところであるから、その点については、何ら酌むべきものではないとする。

他方、検察官は、原審論告において、本件の動機として、右の〈1〉〈2〉のほか、不動産等の個人資産を購入することもあったとし、これと〈1〉〈2〉の動機は、結局、被告人の私利私欲から出たものであって、酌量の余地はないと論難したが、原判決は、その主張中、不動産等個人資産を購入することにあったとの点は認めず、〈1〉〈2〉も被告人の私利私欲に出たものであることも認定しなかった。その限りにおいて、検察官の前記主張は排斥され、被告人らの主張に理解を示し、妥当な認定をしたところである。しかし、それにもかかわらず、その意図するところが、被告会社経営の安定化にあるとしても、これを酌むべき情状ではないというのである。しかし、右の評価は、いかがなものであろうか。

右の評価は、被告会社のような、創業後間がなく、経営基盤が極めて不安定で、金融機関から融資対象企業として、認めてもらえない零細企業の特殊性に思いを至さず、上場企業のような大手企業(これにあってさえ、後述のように、巨額にのぼる税のほ脱を行いながら、告発及び公訴提起も受けず、見解の相違として修正申告のみで処理されている例も多々ある)を想定し、これと比べて、単純かつ画一的な評価をしたものと断じざるを得ない。

(二) 被告会社の成り立ち、その特殊な事情は以下のとおりである。

(1) 自販機の販売自体、前記のとおり、ようやく昭和五一年頃から本格化した商売であり、自販機のメーカーは大手企業であるとしても、被告会社のような販売会社は、弱小の零細企業であり、商売そのものが、例えば、金融機関や取引先から企業として認められず、融資を受けるについても、見返りの預金担保を求められ、仕入をするにあたっても、多額の保証金を要求されるなど、被告人としては、常に苦しい資金繰りと、経営上の不安に直面せざるを得ない状況にあったのである。このため被告人としては、金融機関の要求に応えるため、簿外預金作りを余儀なくされたのであるが、ことに、個人名義の預金を作るよう、銀行側の強い要請があったのである。

すなわち、被告人が密入国者であり、山崎勇の名前が偽名であることから、会社の代表者となることができず、これに義父をあてざるを得なかったため、取引先の銀行等は、常にこれに不審を抱き、被告会社からの融資申入れについては、被告会社の預金に加え、実質的な経営者である被告人の個人預金が、最も安全な担保となることから、これを担保として要求してきたのである。

また、昭和五六年前後には、銀行の実績作りとして、取引銀行が個人預金の獲得に走り、開店何周年記念といった種々の口実を設けては、被告人に対し個人預金を求めてきたのである。被告人としては、取引銀行の要請であるし、これを断れば、将来の融資に困難をきたしかねないと受けとめる一方、自己の経歴に関わる負い目からも、これに応じざるを得ず、被告会社の預金を個人名義に振りかえたり、被告会社から社長仮払の形で出金し、これで個人預金を作ったり、さらには、三山機工、総合通信社等に対する貸付金の返還分をこれに充てたりして、右の要請に応じていたのである。

(2) 前記〈1〉は、右の事情を指すものであるが、これは、被告人の私利私欲に帰結される動機と言えないことは明らかである。

正に被告会社に経営の安定化のためにほかならない。そして、右の要請に応じなければ、被告会社の経営が成立ちえなくなることも、火を見るより明らかな状況であったのである。被告会社のような、企業としての存在すら十分認められていない自販機ディーラー企業にとっては、ことに、暗い過去を背負っている被告人が、実質的に経営者となっている被告会社にとっては、こうした要請に応え、裏預金を作り、銀行の信用を得ていく以外には、被告会社の経営を安定化させる方途はなかったのである。

(3) 更に、被告会社の業務内容自体がぜい弱であることに加え、既に昭和五七年頃から、自販機の販売実績には、かげりが見え始めていたのである。自販機の販売が商売として成り立ちうることが伝わるや、当初、数社で始まったこの業界に、一時は、三〇〇社余りの同業者が続出することになった。

しかも、この業界に大手飲料メーカー自体も参入するようになり、たちまち自販機の飽和状態を招いてしまい、自販機自体の販売数は、同年から下降線をたどることになり、被告人自身、嫌が応でも、これを認識せざるを得ず、自販機と中身商品のみの販売から、多角的経営への企業展開を考えるようになった。

このため被告人は、文化シャッターと協力し、店舗の改装を手がけたり、東京電力の水力発電部と共同して、水力発電ダムのパイプ類の洗浄機の開発に取り組んだりするようになったのであるが、このような多方面への企業展開を行い、企業として生き残るため、それなりの資金の蓄積を図りたいと考えたのである。

これが〈2〉の動機とされるものの実体であるが、この動機も、被告会社のおかれた特殊事情により、被告会社の安定と継続を願ったものにほかならない。現に、現在は前記の予測どおり、自販機業界は、三〇〇社を超えた業界が、被告会社を含め二社を残すだけにまで落ち込んでしまい、被告会社にしても、本来の業務は赤字の状態にあり、従前購入しておいた不動産の売り喰いにより、ようやく経営を維持し、四〇〇人にまで減ったとは言え、それらの従業員や家族の生計を保持しているところであるが、今日なお、被告会社が命脈を保ちえているのは、すべて被告人の、企業を存続させ、さらに、安定化させるための努力によるものと言っても過言ではない。

前記〈2〉の指摘は、右のような実情を指すものであって、右の点を考えても、被告人の本件犯行の動機は、一に被告会社の経営の安定と、被告会社の存続を願うところにあったのである。

(三) 以上のとおり、原判決の認定する〈1〉〈2〉の動機は、正に被告会社の企業としての存亡に直接かかわる事柄であり、換言するならば、〈1〉〈2〉の発想がなかったならば、被告会社は、到底存続しえなかったものと言えよう。それも、現行の税制上、そのようなことは許されず、その結果、企業が倒産することになっても、それはやむを得ないことであるというのであれば、何をか言わんやである。企業として社会に存在した以上、これを存続させることが経営者としての最大の責務であろうし、企業に生計を求める、被告人を含む数百名の従業員及びその家族のためにも、最大の責務であると言えよう。

被告人とて、好んでほ脱に走った訳では断じてない。前叙のとおり、多くの経営者と同様、銀行借入、企業の合理化、経営の多様化等、経営の安定化のため、採りうる方策はすべて採りつくしているのである。

もとより、ほ脱に走ることは、法に抵触することであり、厳に慎しまなければならないことは、指摘を待つまでもないことである。しかし、被告会社の場合、ことに、自販機ディーラーとしての被告会社の場合、銀行、その他の取引先からも、まともな企業と認めてもらえず、借入れを実現するためには、逆に被告人個人の預金を求められたり、あるいは、取引にあたって、高額の保証金を要求されていたのであり、また、自販機業界自体も、これが商売として成立つものであると判ると、大手、弱小を問わず、三〇〇社もの企業参入を招き、これが飽和状態となると、過当競争の結果、被告会社を含め、二社にまで激減するという、極めて浮沈の激しい、極めて特殊な業界なのである。それを自覚するだけに、被告人としては、その特殊性の故に企業のため、その従業員やその家族のため、何としてでも経営の多角化を図り、企業として存続させなければならないと考えたのである。そしてそのため、やむを得ず将来に備え、簿外資金の蓄積という方途を選んだのである。以上の動機は、やはり被告人にとって酌むべき情状と言うべきではなかろうか。弁護人らは、強くこれを確信するところである。

(四)(1) また、原判決は、前記〈3〉の事情について、自らの過去の行為を清算し、他人からつけ込まれるような原因を除去しておくべきであったのであり、この点を特に有利な事情と認めることは相当でないと評価した。しかし、右の評価もいかがであろうか。右は、被告人の生い立ち、経歴、その苦難の半生に、およそ思いを至さない、人情の温もりの全く感じられない不当な評価と断じざるを得ない。裁かれているのは誰でもない、被告人尹柱烈である。そして、その量刑を決めるに当っては、それこそ被告人それ自身の特殊な事情、個別の事情に立ち入り、これを理解するのでなければ、被告人に対する正しい評価はなし得ないものと思料する。そして、その特殊な事情、個別の事情をみるとき、裁判官、あるいは弁護人、あるいは一般の通常人がその立場に置かれたとき、いかように対処しえたものであろうか、という観点に立って思考を進めるのでなければ、被告人が採った行為について、正当な評価はなし得ないものと確信する。現に被告人は、後記のとおり、悩みに悩んだ挙句、被告会社の存亡、被告人やその家族の命運をかけて、長崎地検に出頭しているのである。その出頭が遅きに失したというのであれば、右の事情に鑑みて、これは言い過ぎと言えよう。被告人にとって出頭することは、すべてを失うことになりかねない未曽有の決断を迫られることなのである。そこに思いを至すならば、軽々に、自分の過去を清算し、原因を除去しておくべきであったとして、そのようなことは、有利な事情と認め得ないなどと言いうるものであろうか。断じて否である。

さきに述べたように、被告人は昭和五七年一一月、文字どおり、自己の社会的生命と事業家として命運をかけて、当局に出頭して過去を清算しているのである。そして、後に述べるように、それ以後は、積極的な脱税行為を行っていないのである。

(2) その特殊な事情とは以下のものである。

それは、被告人が密入国者であることを隠していたことによるものであるが、被告人の事業が順調に展開し、社会的にもその立場が世に知られるようになるにつれ、被告人の過去を知る者から、その過去を暴露するといったおどし、たかりに喰い物にされるようになったことである。これらの者は、一〇〇万円単位で全員の貸与方を求めてきたのであるが、その実は喝取にほかならず、もとより返済されることもなかった。

被告人は、家族のことを思い、また、被告会社の存亡を憂い、やむなくこれに応じていたのであるが、手持資金では到底対処できず、被告会社から、社長仮払金として出金させたり、簿外の資金から、これらの支払に充てざるを得なかったのである。

こうした出金は、昭和五七年暮の長崎地検への出頭まで続き、総額にして一億円近いものとなっていたのである。

こうした特殊な事情と、後述の被告人の生い立ちをみるならば、本件の動機には、誠に同情を禁じ得ない特殊の事情があったものとして、これを有利に斟酌されるべき事情と評価するべきである。

(五) 脱税の動機としては、多様なものがある。当職らが、これまでに弁護を依頼された数少ない事例だけからみても、

(1) 被告人個人の私財を蓄積するため

(2) 複数の情婦の生活費や海外旅行捻出のため

(3) 被告人及びその家族が贅沢な生活をするため

(4) 被告人らの借金返済資金を捻出するため

など、私利私欲が動機となっている事犯が数多く存在する。このような動機に基づいて犯された脱税犯であるならば、原判決のいうように、情状として「何ら酌むべきところではない」として、一蹴されてもやむを得ないが、本件の動機は、右の事例に比べれば、格段の相異が存するところである。本件における前記〈1〉ないし〈3〉の動機を、有利な情状として酌み得ないとするならば、いかなる情状があれば、これを有利な情状として酌んで頂けるのであろうか、原判決の論理ないし評価からすれば、いかなる事犯においても、有利な情状は存し得ないことになるであろう。

3、ほ脱の方法について

(一) 原判決は、その具体的方法をみるとき、これが計画的かつ巧妙であったと認定した。

しかし、その態様をつぶさに検討するならば、その方法は巧妙というよりは、むしろ、単純かつ幼稚なものであったというべく、査察を受ければ、たちまちその全貌が明らかになるものであったのである。

(二) 本件のほ脱は、その殆どが架空経費の計上の方法によるものであるところ、期中あるいは申告時期において、他社の領収書を利用し、これに見合う額につき、架空の広告宣伝費、設置補修費等の経費計上をしたというものであるが、他社として利用した会社は、三期通じても(株)三山機工製作所、(株)総合通信社、(株)丸蔵商事、日本マニックス(株)、(株)総武等数社にとどまるものであり、また、科目も右の二科目にとどまるところであり、しかも、その額が高額であることから、かえって、一見して不自然さを感得せしめるものである。しかも、殆どは、申告時期に、右の会社名の領収書を入れて経費計上を行うというもので、一部の例外を除いて、現実に、その会社に金員を移動することもなかったことからしても、「関連会社を意のままに利用して」などの指摘は、当を得ないものと言わざるを得ない。単に他社名義の領収書を利用したにすぎないのであって、これら数社を調査すれば、たちどころに架空経費の計上であることが判明するところであり、その方法は、むしろ、容易に発覚しうる単純かつ幼稚なものであったと言えるのである。

(三) また、被告人が経理担当者に、右のように架空の経費計上を指示した背景には、以下のような事情が存したのである。

毎年五月一〇日頃には、経理担当者である室中が、当該事業年度のバランスシートを作成し、「これだけの利益があった」として被告人に報告するが、その数字は、被告人が認識している実際の利益とは大きくかけはなれたものであった。

報告どおりの利益が上っているのであれば、これに見合う現金ないし預貯金が蓄積されているはずであるが、現実には、報告された利益に相応する税金分の現金ないし預貯金すらなく、かえって、被告会社の日常業務にあっては、金融機関からの借入によるほか、後述するように、被告人個人が友人等から金策し、これを被告会社に、社長借入金として貸付けるようなことまでしながら、被告会社の資金繰りをくりかえす実状にあったことから、被告人の理解としては、どうしても右の報告上の数字が、被告会社の実態を反映しているものとは考えられなかったのである。更に、室中の報告によれば、売上、棚卸等は、全国の営業所等からの報告を、そのまま集計したものであるというものであったが、被告人が現実に、月の半ばを費やし、全国の営業所や倉庫を訪れて陣頭指導し、その際、実情を調査して知り得たところによれば、現地営業所から本社に対する売上、棚卸等の報告は、営業所の成績が良好であることを報告するにはやり、実態にかなりの粉飾を施したものであることが多く、その報告は、必ずしも実態を反映しないものであったのである。具体的には、

(1) 売掛金の数値について言えば、ユーザーは、信販会社のローンを利用して自販機を購入することになるが、毎月の中身商品の販売利益が、信販会社への毎月のローン返済に足りない場合、ユーザーから、被告会社の販売担当者に対し苦情が持ち込まれ、ことに、販売担当者において、自販機の売り込みに際して、多少オーバーに儲かる等と言った場合には、売買契約の解約問題にまで発展するが、解約となれば、被告会社としては、信販会社に対し、代金相当額を返還せざるを得ず、そればかりか、被告会社の信用をも失うことになってしまう。そこで、クレームを受けた現地の営業所においては、そのような事態になることを惧れ、クレームの処理対策として、ユーザーに対し、中身商品を一か月あたり一万五〇〇〇円ないし二万円分(ユーザーが信販会社に支払う月賦金に見合う金額)を無償で供与するといった方法をとってしまい、こうした場合にも、本社に対しては、サービス品あるいは雑損としてではなく、中身商品の売掛として報告する傾向にあったのである。

被告会社において、中身商品の掛売りは、原則として禁止されていたのにもかかわらず、同五六年から五八年には、毎年六〇〇〇万円ないし八〇〇〇万円の売掛金が生じていたが、その大半は右のようなものであったのである。(被告人本人質問、決算報告書)

(2) また、棚卸については、本来、中身商品たる缶飲料は、一年と言わず六か月も経過すれば、その缶に製造年月日が記載されていることからも、古い物としてユーザーには販売し得ず、また、多くの営業所においては、庫入、庫出について煩瑣を嫌い、古い物から売ることをせず、倉庫の手近な所に庫入れし、庫出するのも手近な所から行うため、倉庫の奥には、常に古い商品が滞留し、いたずらに日時を経過し、結局、販売に耐えない不良在庫となってしまうのである。また、この業界では、常に新製品が開発され、被告会社においても、売り上げの向上を考え、何種類もの新製品を購入するが、現実に販売できるものは、このうち数品種にとどまるというのが実情であり、こうしたことからも、常に不良在庫を抱える傾向にあったのである。しかし営業所は、現実に販売しえないものも含め、単に在庫商品の簿価のみをもって報告することが多く、ことに、昭和五六年度は冷夏のため、中身商品の売上げが伸びなかったという特殊事情もあって、在庫商品が増えたが、その数額の三割程度は、現実には本来販売しえない、換言すれば資産としての価値のないものであったのである。(被告人本人質問、決算書)

(3) さらに被告会社において、種々の理由で多用されてきた社長仮払金についても問題が存したのである。被告会社においては、株や不動産の取引、他への貸付を行う場合、あるいは、被告人を含む会社従業員の出張旅費や会議費等を支出する場合に、一旦、社長仮払金の科目をもって出金し、これに充てていたのであるが、事後、その精算がなされず、結局、被告会社としては、社長仮払金として債権が残ることが多く、また、前記の被告人の過去を知る者からの金員喝取についても、同様な方法により社長仮払金、あるいは貸付金として処理されることから、被告会社にとって、資産としては計上されるものの、これも回収の見込みのないものであり、結局、被告人個人の負担により処理されることとなったのである。

(四) 単純に数値を加除しただけの室中の報告は、右の実態を無視したものであることから、被告人としては、その報告に対し、右の点を指摘し、実態に合わせ、正確に調査しなおすように指示しても、室中は、「出先の報告によるほかはない。再調査の時間もない」といった対応に終始するため、被告人としては、やむなく実態に合わせるため、その認識する範囲内で、出来るだけ右の粉飾分に合うと思われる数額に対し、これを架空の領収書をもって解消しようとしたのである。因みに、右室中は、富士冷機から、いわばお目付役として、被告会社に派遣されてきていた者であったために、被告人の命令、指示に従わないだけでなく、被告会社の機密事項を、富士冷機に内報していたことは、原審における室中証言に明らかであり、是非とも、ご一読頂きたい。

それはともあれ、被告人にしても、確かに一々の数額まで調査させた訳ではなく、また、他社名義の領収書を利用するといった方法で処理したことは、責められるべきであるが、その発想には、粉飾された過大な利益を、出来るだけ実態に合致させたいとの気持が存したのであり、その認識も十分根拠あることであってみれば、その限りにおいては、十分斟酌に値するものと思料する。

(五) なお、経費計上等については、以下のような個別の事情も存したところである。

(1) 棚卸除外について(五六年度分一〇〇、四六九、二七九円)

これについては、前記のとおり、単なる報告上の数値は実態を反映するものではないため、販売しえないもの、換言すれば、資産とは言えないものについては、その実態に合致させたいとの意識が存したところである。

本件の棚卸除外とされる内容によれば、その対象は、中古機械、中身商品たる流れ品、滞留品に限られており、新機械、一般口には全く除外がみられない。

また、被告人において、単に棚卸除外だけを企てたのであれば、価格の高い新機械の数量除外のみで足りたはずであり、その方が容易で、かつ、発覚しがたいものであったと思われるが、右の内容からすれば、被告人にそこまでの企みがあったとは考えられず、かえって、実態に合致させたいとの意識が強かったことが裏付けられるところである。

また、本件においては、滞留品を除外したことが否認されているが、これは室中の、「中身商品については、二年間は保有すべき」「滞留品は全体の中味商品の一割程度存した」との室中供述のみに依拠しているところ、「二年間保有すべき」という点は、全く法的根拠はなく、室中の独自の見解にすぎず、また、滞留品なる科目も被告会社に存在しない。被告会社においては、「不良品」の区分けしか存在しないのであるが、室中は、これも独自に、流通対象となりうる「流れ品」とは考えられない商品について、これを滞留品と表現したと考えられるが、これは、被告会社の仕訳上は、正に「不良品」の範疇に入るものである。

このように、滞留品とされるものは、そのすべてが缶飲料たる中身商品であるが、実際問題としては、被告人が強調するように、六か月を経過したような缶飲料は、販売に耐えないのであって、国税当局自身「滞留品」「昭和五六年三月期、一四、九二九、六四〇円)、すなわち販売に耐えない商品と判断しながら、その除外を認めない措置は、実情に沿ぐわない苛酷な処分というべきである(右の点については、控訴審において補充立証の予定である)。

(2) (株)総合通信社、(株)三山機工製作所分について(五六・五七・五八年度分 計一二三、八六二、五〇〇円)

(株)総合通信社の代表者三上登、(株)三山機工製作所の代表者三山健匡は、いずれも被告人の過去を知る者であった。

右両会社に対する貸付は、多分に取引をからめたおどしによるものとみられるものであるが、その一部には、返済されずに終ったものも存するところである。

(3) レストラン名古屋分について(五七年度分三五、九九一、八〇三円)

レストラン名古屋は、被告会社が、昭和五六年春、一〇〇パーセント出資した香港の現地法人の経営する日本料理店であったが、被告人としては、企業の多角的展開の一環として、これを買収したものの、当初から経営は軌道にのらず、同店の従業員を国内から送り出し、飲食材料まで送るなど、その経営の援助、指導を、被告会社の負担において行ってきたが、結局、赤字が累積するばかりで、このまま放置しては倒産を招き、ひいて、被告会社の信用失墜をも招くこととなるため、同六〇年には、他に譲渡することとなった。この間、同店は、年間一〇〇〇万円前後の赤字を出し、このため被告会社は、前記のような形でこれを補填していたのである。本件で、レストラン名古屋分として、架空経費の計上とされるその実体は、右のようなものであるが、原判決は、本来、右の出捐は、被告会社としては、貸付金ないし立替金として処理すべきであるというのである。

しかし、右の実体から明らかなとおり、一〇〇パーセント出資の子会社が赤字経営を続け、これが倒産しては、被告会社の信用失墜をもひき起こしかねないため、これを回避すべく、やむを得ず援助したというのであるから、被告会社の損失と見ることも十分可能であると思料する(法人税法基本通達第四節九-四-一「子会社等を整理する場合の損失負担」は、本件の場合に十分適用しうるものと考える)。

そうでないとしても、右の実態及び現に被告会社としては、相当額の出捐をなし、これが回収しえず終ったことは、是非とも、有利な情状として斟酌されるべきものと考える。

(4) サキヤマ商会分について(五七年度分二、五〇〇、〇〇〇円)

これは、被告人の自宅用の応接セット購入分とされるが、実際は、応接セットは二セット購入し、そのうち約一五〇万円の一セットは被告会社において使用されているところである。

(六) 本件犯行の態様、手段等に関しては、以上述べたとおりであるが、これによって明らかなとおり、本件の架空経費計上によるほ脱によって、被告人自身が私腹を肥した事実は全く見られない。

現実には、被告会社から出金がなされたままで、被告会社に資金の滞留さえないものも多々存するのである。

さらに、前に述べた本件の架空経費計上の手段から明らかであるが、被告会社は、支払手形を振出して、これに見合う架空経費の計上処理はしたが、手形は自ら保持したり、ジャンプすることはあっても、その多くはこれを取立てることはなかった。右の態様を繰り返したため、支払手形残は、年度を経過する度にふくらみ、昭和五八年三月期では、七億三七八八万円余となった。しかし、手形を取立にまわさなかったため(このため、手形はすべて、被告会社の金庫から押収されていることは、証拠上、明らかである)、換金による資金の社外流出もなく、もとより、被告人が簿外の資金を着服することもなかったのである。経費圧縮の事実はあるものの、実質経済的には未遂とも言えるのである。また、会計帳簿によって明らかなように、被告会社には、本件の各事業年度において、約一億円にのぼる多額の社長借入金が残っているところである。

これは前叙のとおり、被告会社の資金繰りのため、被告人が個人として、他から借入れ等により資金を調達し、被告会社に貸付けていたことによるものである。これらの点は、被告人において、私腹を肥やす等の気持を有していなかったことの証左であるばかりか、被告人が、それほどまでして、被告会社の安定と継続を願っていたことを裏付けるものにほかならない。

こうした本件ほ脱の方法、背景事情に鑑みれば、ほ脱事犯としては、特段に悪質であるとの評価は、当を得ないものと思料する。原判決は、右の点においても、評価を誤ったものと言わざるを得ない。

4、逃亡中、又は執行猶予期間中の犯行であることについて

(一) 原判示第一、第二の事実は、被告人が、昭和四二年に公訴提起を受けた長崎地方裁判所の詐欺事件の審理中逃走し、その逃走期間中になされた犯行であること、同第三の事実は、右事件につき、昭和五七年一二月、同裁判所に出頭し、執行猶予の判決を受け、その猶予中の犯行であることは指摘のとおりである。このことについては、弁護人としても遺憾に思うところである。しかし、そこには、後記のとおり、誠にやむを得ない格別の事情が存したのである。これらについては、有利な情状として酌量されるべきであり、これを不利な情状と評価した原判決は、逃走中、もしくは執行猶予中の犯行ということを形式的にとらえ、これのみに拘泥して、以下の事情の想いを至さず、情状事実の評価を誤ったものと言わざるを得ない。

以下の諸点は、被告に有利な情状として、十二分に評価願いたいものと思料する。

(二) 右前科事実は、昭和四一年一二月一一日頃から昭和四二年七月一四日頃までの間に、四三名の被害者から、手付金名下に、合計二三九万余円を騙取したとされたものであり、長崎事件の判決時(すなわち本件犯行時)を遡ること約一六年余り前の犯行であり、また、被告人が当法廷で述べているように、詐欺の犯意はなかったけれども、一日も早くすっきりして事業活動に専念したいために、本意ではなかったが、犯罪事実を認めて有罪判決を受けた経験があったのである。

判決に接着した生々しい時期に犯した犯罪事実について、真実、罪を認めて有罪判決を受けた者と、一六年以前の事実で「やや風化した」(右詐欺事件の判示)犯罪事実について、しかも、内心では無実と信じながら、諸般の事情から有罪判決に服することとした者との間には、その判決の受け止め方、すなわち判決の感銘力に、いささか差異が存するのではないかと思われるのである。被告人はもとより、一般通常人が、前記後者の立場で執行猶予付の有罪判決を受けた場合に、「二度と罪を犯してはならぬ」と覚悟し、再犯なきを期する気持と同時に、それ以上に「これで十有余年の障害・うっ積が解消した。これからは、心機一転して、大いに働こう」という気持になったとしても、これを強く非難することは、いささか酷ではなかろうか。ましてや、両罪の罪種が異なり、かつ、被告人が発展途上にあった企業の責任者であり、事業家であってみれば、尚更である。

(三) 執行猶予期間中に再度、同種の犯罪を犯した場合と、全く異種の犯罪を犯した場合とでは、自らその悪質性に大きな差異が存することは明らかである。被告人の場合は、脱税とは全く異種の、しかも一六年余りも前の詐欺事実による執行猶予判決であるから、単に「執行猶予中の犯罪」として一率、単純に評価すべきでないと思料するものである。

(四) 前記詐欺事件判決の感銘力が、通常のそれとは異なることについては、前記(二)において述べたところであるが、これにもかかわらず、被告人が右判決を厳粛に受け止めていたことは、次の事実からも明らかである。すなわち、

〈1〉 まず、ほ脱税額の面からみると

昭和五六年三月期は 一億四一八二万 五〇〇円

同 五七年三月期は 一億七一六三万五四〇〇円

であったのに対し、

昭和五八年三月期は 八三六八万七八〇〇円

と、前年度の半分以下になっているのである。

さらに右ほ脱額は、前記アスター関連の八八七〇万円の所得を加算したものであり、仮にこれを除外すれば、ほ脱税額は右の約半分になる。

〈2〉 これをほ脱率についてみると、

昭和五六年三月期 約 九一パーセント

同 五七年三月期 約 九五パーセント

であったが、

昭和五八年三月期 約 七七パーセント

と、前期に比して、約二〇パーセントの改善がみられ、さらに、前記アスター関係の所得を除外した場合におけるほ脱率は、約六〇パーセント余りとなる。

〈3〉 さらに、注目すべきことは、昭和五八年三月期における脱税の態様である。同年度におけるほ脱所得額は、

イ、三山機工関係 三六七九万五〇〇円

ロ、秩父商会関係 五〇〇万円

ハ、アスター商事関係 一億八四〇〇万円

ニ、総合通信社関係 二三七〇万円

の四項目である。

右のうち、最も高額なものは、ハであるが、アスター関係について情状酌量すべき事情の存することについては、さきに述べたとおりであり、また、前記イ及びニについては、被告人が前記詐欺事件について有罪判決を受ける以前において、前年及び前々年どおりに伝票処理されてきていたために、これを遡って修正するのは困難と考えて前年通りに処理したものであって、脱税のための新しい工作は何もしていないのである(弁護人としては、それでも、なおかつ、この時点において、正しい税務申告をすべきであったと思うのであるが、それをしなかった被告人の迂闊さを残念に思うと同時に、前記詐欺事件判決の感銘力の落差を思い起こすところである)。

なお、秩父商会関係の五〇〇万円は、当該絵画が今でも社長室に飾られており、被告人が私腹を肥やすためのものではなかったことは、前記のとおりである。

〈4〉 次に、特に留意されたいのは、被告人が、前記詐欺事件について有罪判決を受けた時(昭和五七年一二月二七日)以後においては、被告人は脱税に繋がる行為はほとんど何もしていないということである。前年度までは、決算時に、経理担当の室中に対して、「これを入れておけ」などと言って、偽領収証を手渡したり、在庫商品の低額評価を指示したことがあったかも知れないが、昭和五八年三月期決算においては、そのようなことは、全くこれをしていないのである。それ以前の経理処理の経緯上、あるいはアスターを救い、富士冷機の永井常務の面子を立てるために、やむを得ないと考えた事項についてのみこれを黙認したのである。

右に述べた諸事情をみれば、被告人が執行猶予中の身でありながら、不届にも本件犯行に及んだものではないことが明らかであるとともに、被告人が前記詐欺事件の判決を厳粛に受け止めていたことをも裏付けるところである。

5、ほ脱額とほ脱率について

(一) ほ脱額、ほ脱率が高いこと自体、これが量刑にあたって、被告人に対し、重い責を求める一要素であることは否定しえないところである。しかしこれまで、縷々論じたとおり、本件においては、原判決が被告人に対し、実刑の量定をなした根拠は、結局、右のほ脱額が高額であること、ほ脱率が高率であることの一点のみにしぼられるように思料する。

とすれば、本件において、後述するその余の情状を勘案するとき、果して、本件につき非を認め、心から反省し、本税はもとより、付帯税等を完納している被告人に対し、さらに実刑を科すことが、刑事政策の観点からしても、また、右が他に与える影響を考えても、当を得ないものであることは明らかであるところ、右のほ脱額、ほ脱率の点を、それほどまでに重視すべきかについては、いささか疑問を呈さざるを得ない。

(二) その一は、現行法人税の税率の点である。

被告人らがほ脱を行ったことは厳然たる事実である。

しかしほ脱は、被告人らのみでないことも、また事実である。毎年、脱税白書が公表されるが、年を追う度に、ほ脱件数が増高の一途をたどり、また、ほ脱額も増高していることは公知の事実である。その背景がいかなるところにあるのかに思いを至すとき、法人税、所得税などの直接税の税率が重すぎるとの指摘がなされていることは、無視し得ない重要な事項であると考える。そして、そのために重税感、とりもなおさず、所得と課税のアンバランスに対しての批判が高まり、今や、税制を改正し、直接税の税率を低減すべきとの法改正の作業が進められ、近々、これが成立する運びとなっているところである。もとより、弁護人らにおいても、税率の高きに失することが、本件の直接の原因であるとまで主張するものではないが、実情にそぐわない税制の下で本件が俎上に乗せられ、ほ脱額、ほ脱率が高額、高率と非難されていることを指摘せざるを得ず、そのような背景から考えて、右の一点のみを、実刑を量定する根拠とすることについては、十分慎重を期すべきであると考える。原判決が、右の事情に思いを至すことなく、前記の評価をなしたことについては、これを論難せざるを得ないところである。

(三) その二は、巨大な上場企業によるほ脱事犯との均衡の問題である。

近時においても、

イ、カメラメーカー「キャノン」による現地法人を利用した二〇億円の申告漏れ(昭和六三年六月二一日付毎日新聞)

ロ、最上興産による関連子会社を利用して架空経費を計上、売却益を少なく装うなどの手口で二五億円申告漏れ(昭和六三年五月三〇日付東京タイムズ)

ハ、フジタ工業による関連会社などに支払ったように装って架空経費を計上、約二一億円に申告漏れ(昭和六三年五月一六日付東京新聞)

ニ、国際企画 地上げに際し、ダミー会社を介在させるなどして利益を圧縮一九億円の申告漏れ(昭和六三年二月二九日付朝日新聞)

ホ、日本信販 貸し倒れ損金の過大計上、法定を超える交際費の損金計上の方法により、二年間に一四億円の申告漏れ(昭和六〇年一月一八日付毎日新聞)

ヘ、大成建設 完成した工事を翌期に計上したり、海外で使用した建設機械を無価値として、資産計上から除外する方法により、二年間で六六億円の申告漏れ

追徴金は約二九億円(昭和五九年一月二四日付日本経済新聞)

ト、マコト企業 都心の土地売買につき、架空の仲介手数料を支払ったようにみせかけ、架空経費を計上するなどして、一一億円の申告漏れ

追徴金七億円(昭和六三年五月二五日付東京新聞)

チ、東洋郵船 東洋郵船と横井ファミリーが所有土地を不等価交換することにより、一二〇億円の申告漏れ

追徴金五〇億円(昭和六一年一〇月一四日付朝日新聞)

リ、佐川急便 運賃分配で不適正計理、利益計上時期のずれ等により、六〇億円の申告漏れ

追徴金三〇億円(昭和六一年六月一九日付朝日新聞)

ヌ、千代田化工 工事原価を水増する方法で一五億円の所得隠し

追徴金八億円(昭和五八年一〇月七日付朝日新聞)

ル、清水建設 税務当局との見解の相違により生じたとする、繰り延べ工事や見積原価に関する経理操作により、七五億円の申告漏れ

追徴金三二億円(昭和五八年八月二二日付朝日新聞)

ヲ、伊藤忠商事 海外取引にからんだ所得隠しにより、二二億円の申告漏れ

追徴金八億円(昭和五八年二月一三日付朝日新聞)

などの報道がなされ、同種の報道は跡を絶たないところである(右の具体的報道については、控訴審において立証する予定である)。

もとより、弁護人らも、その実体について、報道された内容以上に知るものではないが、報道された内容の申告漏れのあったことは十分に窺えるところである。ところで、弁護人らが常々不可思議に思うところは、こうした大手企業の「申告漏れ」については、その額がいかに高額であっても、ほ脱事犯として公訴の提起を受けた例がないということである。

しかし、前記のような利益圧縮をするというものであれば、本件における方法と異なるところはないはずである。しかも「申告漏れ」の額は、本件のそれをはるかに上廻るものであり、一が重加算税を払って修正申告処分ですみ、他がはるかに小額の事犯であるのにかかわらず、実刑に直面しているというのである。脱税事犯は、国家の徴税権に対する侵害であるとする立場に立った場合でも、はたまた、国家に対する詐欺罪とも言うべき自然犯であるとの考えに従った場合においても、「申告漏れ」によって、納税を免れ、国家に対して、同額の損失をもたらしたことは、本件のようなほ脱事犯と全く異なるところはないのみならず、その損失の額において、本件をはるかに上まわるのである。とすれば、重加算税まで課せられるような方法で「申告漏れ」を犯しながら、刑事訴追を受けないというのは、ほ脱率が低いということに起因するとしか考えられないのである。そうであれば、巨大な企業であればあるだけ、国家に与えた損害が、いかに巨大であっても、訴追を免れるという重大な矛盾を生ずることとなる。また、こうした巨大企業側の税ほ脱についての反論は、これもまた、軌を一にしたように、税務当局との見解の相違であったというものである。見解の相違として訴追を免れることができる脱税方法こそ、計画的、巧妙というべきではなかろうか。所得が巨大にとなり、組織が複雑になればなるほど、ほ脱率は低くなり、企業幹部の関与の程度も少なくなることから、脱税の認識も薄らいでくるのであろうことも、容易に想像されるところである。反面、所得も少なく、組織も小さければ、査察により、容易にその全ぼうが判明することとなり、ほ脱率も高率とされてしまうのである。いずれが悪質、巧妙というべきであろうか。

こうした諸点を考えていくと、ほ脱額、ほ脱率の点が、量刑にあたっての一つの要素になるとしても、原判決のようにこれを重視し、これのみをもって、画一的に実刑判決を量定したことは、前記の事例と比較して、均衡を失する結果をもたらす、誤った評価・判断と断じざるを得ないところである。

ちなみに、ほ脱額が三億円を超える事犯であっても、執行猶予の判決を受けた事例として、

イ、三億一〇〇〇万円の所得税法違反

懲役二年 執行猶予三年 罰金九〇〇〇万円

(東京地方裁判所 昭和六二年七月七日判決)

ロ、約四億円の相続税法違反

懲役一〇月 執行猶予二年 罰金七〇〇〇万円

(横浜地方裁判所 昭和六一年一〇月一五日判決)

ハ、五億五〇〇〇万円の所得税法違反(いわゆるタテホ事件)

懲役二年 執行猶予三年 罰金一億円

(神戸地方裁判所 昭和六三年六月二七日判決)

ニ、三億五四〇〇万円の法人税法違反

懲役一年八月 執行猶予三年 罰金六〇〇〇万円

(横浜地方裁判所 昭和六三年五月三〇日判決)

等の事例も存するところである。

なお、右の執行猶予事例を通観すると、所得税法、相続税法の違反が目につくが、私利私欲を図るとの観点からすると、法人税法違反の場合と比して、一層悪質であると思われるし、まして、本件の被告人の場合と比較すれば、なおさらである。

換言すれば、被告人に対し、実刑を課することは、右各事例に比して均衡を失し、著しく重きに過ぎる量刑と言わざるを得ない。

(四) その三は、脱税事犯に対する考え方についてである。

近時、ほ脱事犯について、厳しい対応をすべきだとする見解が高まり、原判決も、こうした考え方によるものとも推察されるが、これは、原審において検察官が論告でいうところの「脱税事犯は、今日において、単なる形式犯に止まらず、自然犯としての性格を有し、いわば、国家に対する詐欺罪ともみなし得るとの考え方が定着しているというべきであり、重大、悪質な租税ほ脱事犯に対しては、行為者に対する実刑を含めた厳罰をもって対処することが、社会的要請にかなうというべきである」というものである。

法人税法第一五九条第一項が、「偽りその他不正の行為により……法人税を免れ」た者を処罰することとしているところからすれば、脱税犯は、国を被害者とし、国の徴税権を被害法益とする、刑法上の二項詐欺に類似した犯罪ということができよう。

ところで、詐欺罪に限らず、一般に財産犯については、被害額が相当高額であっても、その被害が回復され、実害が無くなれば、国が刑罰権を行使する必要性も少なくなる。かなり高額な詐欺事件や、横領事件であっても、起訴前にその被害が弁償されれば、起訴猶予処分に付され、起訴後に被害が弁償されれば、ほとんどの場合、執行猶予が付けられていることは、我々が常に経験しているところである。

脱税犯が、国を被害者とする詐欺罪であるならば、修正申告をして、ほ脱税額と延滞税を完納することによって、国の被害は回復されたことになるのみらなず、これに加えて、重加算税まで完納した場合には、それだけの制裁も受けたものとみられ、したがって、このような脱税犯については、国の刑罰権の行使も軽度なものに止められて然るべきではないかと考えるところである。

二、被告人に有利な諸情状について

原判決が、被告人に対し、実刑を科した量刑の事情がその根拠たりえず、かえって、被告人に対し、有利な情状として評価すべきものであることについては、前記のとおりであるが、原判決も一部認めた、以下の被告人らについての特段の個別事情、特異な情状に照すとき、被告人を実刑に処することは、余りに酷に失する、極めて不当な量刑判断と言わざるを得ない。

1、被告人の生い立ちと経歴について

(一) 被告人は、昭和九年二月、愛知県岡崎市内で、父李潤馥、母趙秀元の二男として出生した。

当時父は、クリーニング屋を経営していたが、日本軍に徴用され、北海道の炭鉱で稼働することとなった。

その後、同二〇年三月には、移り住んでいた名古屋が大空襲を受けたため、被告人は、母と共に韓国に疎開し、同地の馬山工業技術学院を卒業した。

同二七年には、当時、新潟県内で土木機械の製造会社を経営していた父を頼り、韓国から本邦に密入国し、父の手伝いをするようになったが、日本で出生し、日本で育ち、日本語しか話すことのできない被告人にしてみれば、何とかして日本での在留資格を得たいとの気持を絶ち難く、同二九年には、自首することにより、これを実現しようとしたが、結局、容れられず、かえって、退去強制令書を執行されることとなったため、自費出国により韓国に渡った。しかし、日本語しか話せず、若年で、腕になんの技術もない被告人が、韓国において独りで生計を立てることは、到底不可能であったため、韓国に帰国した翌日、再度日本に密入国することになったのである。密入国後は、父の下では生活しえないため、単身、神戸市内のパチンコ店、ペンキ屋等を転々とする、どん底生活を続けた。この間、金容千なる人物から、同人名義の外人登録証を譲り受け、以来、同名を名乗るようになった。

(二) 被告人は、同三三年頃上京し、一時、三陽物産に勤務した後、同三九年頃、河鉄産業株式会社を設立し、虫よけ網戸の販売を行うようになった。本社を大阪に置き、東京・名古屋・福岡等に支店を設け、全国的に網戸の販売を展開するようになったが、昭和四二年一二月頃、右の営業に関し詐欺罪で逮捕され、長崎地方裁判所に起訴されることとなった。

右の公訴事実は、被告人が、同会社九州支店長坂本らと共謀し、昭和四一年一二月一一日頃から同四二年七月一四日頃までの間に、網戸を納入する意思がないのに、特約店となろうとする者から前払金名下に、合計二三九万余円の金員等を騙取したというものであったが、その実体は、九州地方の間取りと、関東・関西のそれとが異なるため、九州地方の間取りに合う網戸の製造が遅れ、約定どおりの履行ができず、被害者らの不信を買うこととなったというもので、必ずしも被告人が、当初から約定を履行する意思を全く持たず、計画的に犯行に至ったというものではなかった。このことは、九州地区と全く同じ方法で商売をしていた関東及び関西地域においては、なんら問題が起きなかったことからしても明らかである。

(三) 被告人は、右事件の途中、保釈されたものの、密入国の事実が発覚していたことにより、直ちに大村入国者収容所に収容されることとなったが、数か月後には仮放免となった。その間に、長崎地方裁判所において、三回にわたって審理が続けられたが、被告人は詐欺の犯意を否認し、無罪を主張し続けた。同四三年二月には賍物故買、ついで詐欺罪の容疑で逮捕されることになった。両罪とも疑いが晴れ、訴追を受けることなく釈放されたが、そのまま大村入国者収容所に収容された。

ところが、同所内で盲腸を患い、手術を受けたが、かえって悪化して、腹膜炎を併発したため、仮放免されて東京の済生会病院、日赤東京第一病院、東大病院へと相ついで入転院を繰り返し、数回の手術を受け、生死の界をさまようこと数度に及んだ。

この間、被告人は、妻小島愛子に生計を頼っていたが、これも十分でなかったため、社会福祉協議会や日本赤十字社から治療費等の援助を受け、ようやく生命を保つことができた。このときの感謝の気持が、後に述べる日本赤十字社等への寄付の動機となったのである。

被告人は、同病院等で治療を受けたものの、経過は必ずしも好ましいものではなく、このまま大村入国者収容所に戻ったのでは、治療に万全を期し難く、ただ、強制的に韓国に送還されるだけになると考え、韓国に密出国したのである。その後、同地の大学病院で治療を受け、完治した同四四年頃、被告人は三度、日本に密入国することとなった。

右のような経過をたどり、結局、長崎地方裁判所にも、大村入国者収容所にも出頭しなかったため、今更、密入国の事実を告白して出頭しても、強制送還の処分を受けるばかりであるとの悲観的な心境となり、以後、身分を隠したまま、山崎勇の名で日本国内で生活することとなってしまった。

(四) この間、同三〇年頃、被告人は小島愛子と結婚し、長女高子、長男勝一、次女幸子の三子をもうけたが、同四一年には右愛子と別れた。

しかし、被告人はそれ以後も、右愛子及び三人の子供の生活費をすべて負担し、三人の子供を立派に成人させているところである。

(五) その後、被告人は、友人らと共に、お座敷ジュークボックスの販売を始め、同四五年には、日本電業(株)を譲り受け、同会社において右の販売を継続したが、大手業者の市場参入により、行末に不安を感じ、同四八年には五名位の部下を雇い、被告会社を設立し、自販機の販売へと切りかえていった。缶飲料などの自動販売機は、現今では至る所で目につき、後述のように飽和状態となっているが、当時としては、市場に出廻り始めた段階であった。被告人は、自販機の今日あることを予測し、これに切りかえることを考えたのであるが、当時は、被告人の資力、信用をもってしては、容易にこれを仕入れることもできなかった。同四八年のオイルショックを迎えて、日立製作所、三菱重工業等の大手自販機製造業者が業界から撤退し、缶飲料製造業界も、通産省から不況業種に指定されることとなったが、他方、富士冷機が自販機の製造に進出したことを契機に、被告人は、これを業界進出の好機ととらえ、自販機のディーラーとしての新販売方式を工夫することにより、富士冷機から現金取引により自販機を入手することができるようになり、以後、被告人が自ら営業の先頭に立って自販機を販売し、併せて缶飲料の継続的供給による販路を開拓していったのである。被告人の先見の明と努力により、事業は次第に拡大し、同五四年には、従業員八〇〇名、営業所も全国で七〇ケ所を擁する陣容となり、一〇月には本社を新宿センタービルに移すまでに成長した。こうした飛躍の転機となったのは、同五三年の雪印食品(株)との提携であった。それまでの自販機業界は、自販機を設置するものの、中身商品たる缶飲料は、各社のものを雑多に入れている状態で、中身の補給について責任の所在があいまいであるなど、種々のトラブルが発生したが、被告人の発案により、被告会社が扱う自販機については、雪印のマークを明示し、かつ、中身商品も同会社のそれに限ることとしたのである。右によれば、自販機そのもののほか、中身商品についても、その補給責任の所在が明確であり、ユーザーが安心して自販機を購入しうるばかりか、被告会社においても、自信をもって販売に専念できる利点が存したのである。被告人の右の新機軸は、被告会社に飛躍的な業績の拡大をもたらし、業界における販売方式の先駆ともなったのである。

被告人のこうした新方式とその成功は、大手飲料メーカーの業界参入や自販機ディーラーの増加をもたらし、結局、自販機の飽和状態と、被告会社を含めた弱小自販機ディーラー業界の終えんをもたらすことになるのであるが、被告会社は、同五七年に最盛期を迎えることとなり、従業員も関連会社を含めると一、五〇〇名、全国一〇〇ケ所に営業所を構える、ディーラー業界内では最大手の地位と陣容を誇るまでになったのである。この時点における被告会社の取引先としては、自販機は松下電器産業、東芝、富士電気冷機、久保田鉄工、中身商品は雪印食品、明治製菓、サッポロビールといった業界の最高の企業を持ち、銀行も三和銀行、三菱銀行といった最大手銀行と取引するまでになった。

(六) 韓国人に対して偏見の強いわが国の社会において、韓国からの密入国者であり、かつ、逃亡刑事被告人として司直から追われる身であるという、一身上の重大な秘密と負い目を背負いながら生きていくことの苦しさは、かつて、アメリカの名優デビット・ジャンセンがテレビ映画で演じた「逃亡者」(レフュジー)に見事に画かれており、また、モンテクリスト伯が舐めた辛酸を思い起こさせるのであるが、それにもかかわらず、このようなハンディキャップを背負いながら、被告会社を自販機販売業界におけるトップ企業にまで育て上げた被告人の、人知れず流したであろう涙と汗に深い同情と理解を賜りたいのである。

(七) しかし被告人としては、被告会社の経営に専念する間も、片時として、長崎地裁の事件で逃亡被告人となっていること、大村入国者収容所から逃れたままになっている密入国韓国人であることを忘れることはなかった。

同四五年には、現在の妻と知り合い、長男、長女の二人の子をもうけているが、その成長をみるにつけ、このまま身分を隠したままの生活を続けていては、一〇年後には、この子供らも、被告人と同様の運命をたどることとなってしまうし、現に成長した前妻との子供も、大学を卒業しても満足な就職も困難であるし、数々の縁談をもち込まれても、父である被告人の素姓が不明であるとして、破談になってしまう現実を目のあたりにし、また、被告会社の経営にあたっては、被告人が実質的な代表者としてさい配を振っていながら、代表者としての登記も出来ず、取引にあたり、代表者となっていないことを相手方から不審がられ、ひいては、取引に不安を持たれることに何回となく直面し、他方、一、五〇〇名にまで増加した従業員や、その家族の生計の支柱たる立場となってしまったこと等、その現状を直視すればする程、このまま身を隠した状態を放置しては、取りかえしのつかない事態を招いてしまうとの不安と反省の念が、事業が拡大すればする程高まってきたのである。

他方、被告人に対しては、同四七、八年頃から、その隠された過去を知る者から、その素姓を暴露する等と脅迫され、多額の金員をゆすりに来る者も出るようになったのである。被告会社の規模が大きくなるにつれ、その要求額も増加の一途をたどり、被告人自身、日々これにおびえ、多額の金員の捻出に苦慮するとともに、前記のように、被告会社の取引先が、業界最高の企業であることから、素姓が暴露されることにより、被告人はもとより、被告会社の信用が一挙に失墜することとなり、被告会社の致命傷ともなりかねないという危機感を持つようになったのである。また、被告人自身、そのような事態を招くこととなれば、それまで被告会社と取引をしてくれた、右の一流企業の担当者や担当役員を欺むいてきたことになり、その担当役員らの企業における立場を失なわしめることとなることも恐れたのである。

こうした事情が重なり、被告人は悩みに悩んだ挙句、同五七年に至り、一切の事情を明らかにし、負うべき責任を果し、再出発の途を歩むことを決意したのである。

同年一一月の東京入管への出頭、長崎地検への出頭は、右の決意によるものである。

被告人は、永年にわたる逃亡により、裁判所始め、関係機関に多大の迷惑をかけたことを心から詫び、被害者に対しても、損害額の三倍の金員を支払うことにより慰藉の途を尽し、反省の情を明らかにしたところである。

(八) 被告人が歩んだ半生は以上のようなものであった。

その間、後述のように、被告人自身が空襲の火傷により、片足に不治の傷害を負った身体障害者であること、また、盲腸及び腹膜炎の手術の際には、日本赤十字社などの関係機関から、治療費の支払等について援助を受けたことから、経済的にようやく余裕のできた同五〇年頃から、被告人は被告人個人として、あるいは被告会社として右の恩に報いるため、かつての被告人同様、不幸な生活を余儀なくされている人たちに対し、少なからぬ寄付を継続しているほか、自販機業界にあっては、業界の団体、全国自販機販売協議会の会長を永年務め、業界の発展と正常化に寄与した功績は大なるものがある。

(九) 被告人が再三、密入国を繰りかえし、詐欺罪を犯し、公訴提起を受けながら逃亡し、その間、本件犯行を行っていたとして、反規範性が強く認められると非難するむきもあるが、果たしてそうであろうか。

被告人は、韓国籍とは言え日本で生れ、日本で育ったのである。

戦災により父と離れ、韓国に疎開したものの、最早韓国では生活しえない日本人として育ち上っていたのである。父を慕い、日本での生活を求め「密入国」したのであるが、当時の情勢にあって、正規に入国できたであろうか(因みに、日韓国交回復は昭和四〇年であり、一般韓国人の訪日が、その目的のいかんを問わず自由になったのは、ようやく昭和六二年からのことである)。密入国しても、被告人は、何とかして「日本人」になりたく、在留資格を得ようとしたのである。しかし、これもかなえられるところではなく、かえって、強制送還されてしまった。

しかし、被告人の、日本で、日本人として生活をしたいとの願いには、絶ち難いものがあったのである。被告人の右の生い立ちを見るならば、被告人はむしろ、第二次世界大戦の犠牲者とも言うべきであり、右の密入国には、同情こそすれ、決してこれを非難し得ないものと確信する。

三度目の密入国については、前記のような事情があり、過去に自首しても、その希望をかなえられなかったことに基因する浅慮によるものと考えられるが、その動機には十分酌量すべき事情が存するのである。

裁判から逃げ、収容所から逃げたことは事実であるが、これにも前記の事情があり、被告人自身、逃亡した身であることを片時として忘れることはなく、一日も早くこれを償なわなければならないとの思いに、日夜さいなまれていたのである。そして右の件についても、前叙のとおり、自ら出頭し、その処罰を受けているところである。

しかしその間、被告人は、パチンコ店やペンキ屋の店員として粉骨砕身して努力し、同五七年には、従業員一、五〇〇名を抱える企業を経営するまでになったのである。

その間には、前に述べたように、言いしれぬ苦難と苦労があったものと思われる。

被告人ほど数々の至難の途を歩んだ、また、歩まされた人間を、弁護人らはいまだ知らない。

その半生をみるとき、一介の密入国者が、かくの如き地歩を築きあげたことについては、何事かを成し遂げた者として、あるいは、立志伝中の人物として、積極的に評価されるべきである。我身が同じ境遇に立たされたとき、被告人に比べ、何ほどのことができるかに思いを至すとき、一層右の感を深くするところである。

反規範性を指摘する者があるとすれば、余りにも一面的、皮相的評価でしかないものと断じざるを得ないし、被告人のその時々の動機、心情、更には、今回における後述の反省の情を考えるならば、再犯のおそれがあるなどの論難が、当を得ないものであることは明らかである。

2、被告人の善行と業界における業績について

(一) 被告人は前記のとおり、大村入国者収容所に収容中、数回の手術を受けて生死の界をさまよった際、日本赤十字社や社会福祉協議会から、治療費等の援助を得て一命をとりとめることができたことを契機に、かつ、自分が身体障害者であることから、何らかの形で社会に感謝の気持を表わしたいとして、以降、被告人個人としては現金を、また、被告会社としてはジュースを、全国の公共社会福祉関係団体に継続的に寄付するようになった。これに関する証拠は、本件で押収され、これまですべてが還付されたわけではないため、寄付を開始した以降の寄付の金額及び感謝状のすべてを明らかにはできないが、還付されたもののうち、昭和五四年度以降同六〇年度までの被告人個人の寄付した現金の合計は、七五六万円であり、また、被告会社が寄付したジュースの現金換算額は、昭和五六年度から同六二年度まで、合計一億九六〇〇万円余りの多額にのぼっており、その間、関係方面から授与された感謝状も、五、四八八件と多数存するのである。このほか被告人は、全国社会福祉施設、日本赤十字社等に、毎年相当額の寄付を継続的に行っており、このことは厚生大臣、日本赤十字社、全国社会福祉協議会等からの感謝状、特別社員証書等が多数存する上、日本赤十字社から、特に金色有功章を授与されていることからも明らかである。また、被告人は、これまでに、警視庁管内の各警察署長から、合計一二枚の感謝状・表彰状を授与されており、被告人が永年にわたり、警察行政ないし犯罪捜査に多大の貢献をしたことを物語るものである。

このように被告人は、永年にわたり、社会に対し、できる限りの善行と奉仕をしてきているのである。

(二) 他方、被告人は昭和五二年、通商産業省指導のもとに、全国の自動販売機販売業者が参加して、全国自動販売機販売協議会を設立した際、推されてその会長に就任し、それ以降、一時期を除き、昭和五九年四月、本件査察調査により責任をとって辞任するものでの間、同協議会の会長として、自動販売機の購入者と販売業者間のトラブルの解決と、関係業界の持続的発展のために、業界人として社会的責任を果たすことに尽力してきたものである。そして、特筆すべきことは、通産省の要望により、同省とも協議し、自動販売機の販売契約約款を統一したが、これにつき、被告人が同協議会の会長として強力に推進し、約款の統一にこぎつけたことである。また、同協議会において、青少年に悪影響を与える雑誌類の自動販売機による販売をしないように働きかけ、設置してある自動販売機については、これを撤去するよう推進したことも重要なことであった。このように、同協議会において、被告人が中心となって果した役割は大なるものがあるのである。

なお、同協議会が、昭和六二年三月、解散した後においても、それまでは、同協議会が自動販売機に関する消費者からのクレームの処理にあたってきたが、同協議会が解散した後は、被告会社において、右クレームの処理をされたい旨通産省から要請され、現在に至るまで右クレームの処理にあたっており、その件数は、毎月数十件に及ぶところであり、現在も、このような形で社会的な貢献をしている旨、当弁護人らは聞き及んでいるところである。

3、社内体制の改善について

被告人は、本件の反省と自覚から、経理面について実態を正しく反映させ、いわゆるガラス張りの経営に徹することとし、まず監査役については、適正な監査を期待しうる元税務署長の税理士に就任してもらう一方、公認会計士を顧問に迎え、公認会計士としての独立した立場から、財務・決算その他経理システム全般に至るまで、強力な指導、助言を得られる体制に改善した。そして、現在経理担当者の資質の向上が計られ、日常の経理業務については、社長の干渉なしに進行しているばかりでなく、重要事項については、右公認会計士、税理士及び経理担当者が参加した合議制で対処して適正に処理するなど、従来と比較し、経理面で格段の改善がなされたことは明らかである。そして、今や整備された法人と同様の内部体制の整った会社となっているが、本件の影響から、会社の内部においては、被告人を含め税理面で、むしろ慎重かつ神経質ともみえる処理になっているくらいである。

そして本件後、被告会社では、正しく税務申告を行っている。

このように、社内体制の改善措置がとられたことは、高く評価されて然るべきであると思料されるが、このような改善と、被告人及び役職員の本件に関する強い自覚からすれば、最早、再犯のおそれはないものと確信するところである。

4、修正申告の上、本税、付帯税及び地方税等を完納していることについて

被告人は、国税局の調査により、本件ほ脱所得及びほ脱税額が確定した段階の昭和六〇年二月六日、告発対象の昭和五六年三月期から同五八年三月期までの三期分はもとより、告発対象とならなかった昭和五五年三月期分についても、調査結果に基づき、積極的に修正申告を行うとともに、同日、本税を完納した。そして、重加算税、延滞税等の付帯税は、決定あり次第順次納付し、地方税についても順次納付して、完納ずみである。そして、告発対象の三期分について納付した国税の合計は、五億七六七六万一一〇〇円であり、地方税の合計は、二億五七八四万五七三〇円であり、以上の国税、地方税の納付額の合計は、八億三四六〇万六八三〇円となっている。このように、本件に関し、積極的に修正申告をして早期に全額納付したのは被告人の本件に対する反省と強い自覚の表れであり、その誠意と努力は、十二分に評価さるべきものである。

そして、このように完納したことにより、本件ほ脱による国家課税権侵害による被害は回復ずみである。

5、被告人の改悛の情と被告人の人柄、業界における信用などについて

(一) 被告人は昭和五九年四月、国税局の査察調査を受けたことにより、本件の重大さを自覚するとともに、その責任を痛感し、国税局の調査に全面的に協力し、前記のとおり修正申告もなし、国税等を完納してきたものである。しかし、遺憾ながら被告人は、告発後の昭和六一年四月三日、本件で逮捕され、勾留の身となった。勾留期間中、被告人は反省の毎日を送り、事実については、ありのままに供述してきたのである、そして、公判廷においても、被告人は一貫して本件犯行を認め、事実経過をありのままに供述しているのである。

(二) ところで、近時、脱税をした者が、時に自己の刑責を免れ、あるいはその軽減をはかることを意図して、同和団体を名乗る者や、政治家等に依頼して、国税当局へ働きかけをする例が見られないわけではないが、被告人においては、多くの国会議員や知名士と交際があったにもかかわらず、そのようなことは一切していないのである。

(三) また、被告人は、前記のとおり、本件で逮捕・勾留され、勾留中のまま起訴されたが、異例にも第一回公判期日前の昭和六一年四月二一日、保釈許可となり、釈放された。

このような、異例な保釈が認められたのは、被告人が心臓病を患い、健康を害していたこともあったとはいえ、右のように本件に関しては、事実を認め、改悛していることが考慮されたものと思料される。

(四) 他方、被告人は前記のとおり、自動販売機業界において、全国自動販売機販売協議会の会長の要職を永年務めたものであり、この一事からしても、被告人の業界における実力と信用度の高いことは明らかであるが、被告会社が、大手企業と長期にわたり取引が継続でき、それによって、企業として成長してきたのも、被告人が大手取引先及び金融機関等から高い信用を得ていたからにほかならない。

また、会社内にあっては、部下に対して細やかな配慮を尽し、部下の被告人に対する信望、信頼は絶大なものであり、被告人のために、献身的な努力をおしまないという社員が多いのである。これらの事情も、被告人に有利な事情として、是非斟酌願いたい。

6、社会的制裁及び刑罰と企業の存亡について

被告人は本件により、前記のとおり突然、逮捕・勾留されたものであるが、多くの従業員をかかえる企業の経営者の逮捕・勾留が、従業員、取引先、金融機関及び家族等に与えた影響は計り知れないものがあり、特に、被告人が逮捕・勾留されたことばかりではなく、被告人が韓国籍であることや、前科のあることなども含め、大々的に新聞、テレビで報道された結果、被告人自身、いわば丸裸とされてしまったのであり、これが被告人及び被告会社はもとより、被告人及び被告会社とかかわりを持つ人々に与えた衝撃と、及ぼした影響は極めて大であった。

幸い、被告人の人柄と、それまでの信用、従業員らの支援、協力等により、企業の重大な危機は一応乗り越えたとはいえ、企業経営者にとって、突然の逮捕・勾留とその報道は、実質的には刑罰に優るとも劣らない強烈な制裁と言っても過言ではない。被告人は本件により、右のように極めて強い社会的、経済的制裁を受けたのである。更に、本件においては、昭和五九年四月の査察調査開始から現在に至るまで、長期間を要しており、その間の被告人、家族、従業員らに与えた精神的負担は大なるものがあるのである。

ところで、被告会社の場合、被告人の個人的手腕、力量、信用により、その経営が維持されているといっても過言ではなく、本件後、正しく税務申告しているものの、最近は、自動販売機業界自体が厳しい状況下にあり、被告会社では営業利益が出ず、むしろ、不動産の売却等、営業外利益により、ようやく利益を出している実情にある。このような状況下で、万一、企業のトップにある被告人が実刑となるようなことがあれば、年齢、経験、信用等からして、他の役員、従業員等で被告人に代わりうる者が未だ存しないため、多くの従業員とその家族の生活を支えている被告会社の企業自体の存亡にかかわることとなり、ひいては、取引先等に尽大な影響を与えることも明らかである。現在、被告会社は、右のような厳しい環境下で再建の途上にあり、このときこそ、被告人は必要欠くべからざる存在である。

7、判決結果が被告人の本邦在留に及ぼす影響について

(一) 被告人は前記のとおり、いわゆる長崎事件の判決を受けてから、不法入国者として、東京入国管理局において、退去強制手続を受けたが、同事件の判決が執行猶予付であったこともあり、昭和五八年一〇月、「法務大臣が特に在留を認める者」(出入国管理及び難民認定法第四条第一項第一六号、同施行規則第二条第三号)として、本邦における在留を認められて今日に至っているが、被告人のような在留資格で我が国に在留する者(外国人)が、犯罪を犯して実刑の有罪判決に処せられた場合には、右実刑判決が退去強制事由(同法第二四条第四号(リ))に該当し、退去強制手続がとられることになる。

註「第二四条、次の各号の一に該当する外国人については、第五章に規定する手続により、本邦から退去を強制することができる。

・・・・・・・・・・

(四)(リ) ヘからチまでに規定する者のほか、昭和二六年一一月一日以後に無期又は一年を超える懲役若しくは禁錮に処せられた者。

但し、執行猶予の言渡しを受けた者を除く」

(二) 前記のとおり、長崎事件の場合には、幸いにも執行猶予のご恩典を賜ったので、右退去強制事由に該当することなく、引き続き本邦での在留が認められて、事業活動を続けることができたが、万一、本件について、一年を超える実刑判決(主文が二個の場合には、それを合わせた刑が一年を超える実刑判決とするのが行政解釈である)を受けた場合には、明らかに、右退去強制事由に該当する者として、退去強制手続がとられ、その結果「国籍の属する国」(同法第五三条第一項)へ強制送還されるおそれが存するのである。

そのようなことになれば、これは被告人にとって、死刑にも値する極刑というほかはない。

三、結び

原判決は、以上の被告人にとって有利な事情を、ことさらに低く評価したものであって、到底、承服しえないところである。

本件各犯行は、ほ脱額及びほ脱率が高額、高率であり、また、本件犯行の一部が前刑の執行猶予期間中に行われた点において、遺憾の念を禁じ得ないところであるが、執行猶予期間中の犯行との点については、多くの酌量すべき事情があることは、前に述べたとおりであり、また、ほ脱額及びほ脱率の高いことについても、これがほ脱事犯の刑の量定をする上における決定的要因ではなく、その一要素にすぎないのであって、その他の情状を併せ考え、両者を比較衡量して、総合的な観点から、最終的な結論(刑の量定)が導き出されるべきものと考える。

本件の場合、被告人には、前記の二つの不利な情状を除けば、そのほかは、被告人に有利な情状ばかりであり、かつ、その有利な情状は、十指に余り、しかも十有余の有利な情状は、被告人の生い立ち、社会に尽くした善行、自販機業界での功績、ほ脱諸税の速かな完納等々、そのいずれをとっても、前記不利な情状を償って余りあるものがある。

刑は刑なきを期し、罪を犯した者を遷善・再生させることをその目的とするのであって、人(企業)を死に至らせるものであってはならない。

万一、本件被告人に対し、実刑判決が確定した場合には、被告会社の倒産は必至であり、被告人が、日本の経済社会から葬り去られることもまた必至である。また、昭和六〇年三月以来、心室性頻拍症・心室性期外収縮・高血圧を患い、以来、心臓発作を起こして、救急車で病院に運び込まれること六回に及び、いつ心臓発作に襲われるかも知れない被告人(そのため、心電計を常時着装しているほどである)の生命も危惧されるところである。

以上、本件の全ての情状を考えるとき、被告人に対し、実刑判決をもって臨むことは、刑事政策の理念に悖るばかりか、影響するところ重大であって、原判決の刑の量定が不当なることは明白であり、速かに破棄されるべきものと確信する。

昭和六三年(う)第六一五号

○ 控訴趣意書の補充について

法人税法違反 被告人 岩崎電工株式会社

同 同 山崎勇こと尹柱烈

右の者らに対する頭書被告事件について、当弁護人らのさきに提出した控訴趣意書を次のとおり補充いたします。

昭和六三年一二月一三日

弁護人 大塚正夫

同 伊藤卓蔵

東京高等裁判所刑事第一部 御中

第一 前記控訴趣意書第一についての補充

一 被告会社が、昭和五七年三月二〇日、富士冷機に対し、アスター商事振り出しにかかる約束手形一二通(額面総額八八六五万七〇二七円、満期同年七月から同五八年六月までの各二〇日)に裏書交付をした経緯は、原判決七丁表から八丁裏にいたるまでに認定されたとおりである。

現判決は、その点について特に認定の根拠となった証拠を挙げていないが、その証拠のうち、比較的証拠価値の高いと思われるものを列挙すれば、別紙のとおりである。

原判決認定の右の経緯は、むしろ本件記録上、そう認定せざるを得ない程明白なところであって、これを動かすことはできないと思われる。

そして、この事実を前提とする以上、弁護人らの八八六五万円余の値引きに関する主張は、当然肯定さるべきものである。

二 以下、右の値引は、富士冷機のアスター商事に対する二億六三〇〇万円の売掛金債権の放棄を公表することを避ける手段としてなされたと認められる所以を述べる。

(一)昭和五六年一二月八日、被告会社、富士冷機、高橋弘美及びアスター商事の四者間に締結された契約内容のうち、この点に関連するものを摘録すれば次のとおりである。

まず、(イ)富士冷機が、アスター商事に対して、同月一日現在有する債権五億四七〇〇万円のうち二億六三〇〇万円の債権を破棄する。(ロ)アスター商事が、同年一〇月末現在所有する商品を、同社の簿価約一億五〇〇〇万円で富士冷機に返品する。(ハ)アスター商事は、合計一億三四〇〇万円の約束手形を振り出し、被告会社が、これに裏書の上、富士冷機に交付する(被告会社がアスター商事にために、右の支払い資金その他の必要な資金借入につき担保を提供する。)。

以上が右契約の骨子である。

すなわち、右の契約は、アスター商事の富士冷機に対する買掛金債務総額五億四七〇〇万円については、アスター商事が内一億三四〇〇万円を支払う(同社を買収する被告会社においては、アスター商事を援助するため、その支払い資金等借入のため同社に担保を提供する。)が、その余の内約一億五〇〇〇万円の支払いに代え、アスター商事において、その所有の商品等を、富士冷機に所有権を移転することで決済し、残りの二億六三〇〇万円は、富士冷機において、アスター商事のために債権を放棄することが眼目であったのである。

これについて、永井隆、古池俊明らの富士冷機側の証人は、アスター商事の返品が一億五〇〇〇万円に達しない場合、アスター商事(ひいては事実上被告会社………この点後述参照)が、その不足分を支払う約旨であったといっているが、これは右契約締結にいたるまでの経緯を無視した証言であって、到底信用に価するものではない。

右契約締結まで、被告会社はアスター商事に在庫の商品等をその簿価一億五〇〇〇万円に評価することは到底できないと主張し、富士冷機側は、むしろこれを争っていたのである。

その上、アスター商事は、全然資力がない会社であったから、在庫商品の評価が、これに不足したとしても、不足分を支払う能力はなく、結局、自己の傘下に入ったアスター商事に、不渡りを出させるわけにはいかない立場の被告会社において、その支払いのため担保を提供してやる外ない関係にあったのである。

このような経緯から見ると、被告会社が前記一億三四〇〇万円の外に、いくら負担してよいか見当もつかない約束をする筈はないし、前記のような主張をしていた富士冷機………しかも破綻に瀕していた自己の傘下のアスター商事を、なんとか早く被告会社に引きとって貰いたかった富士冷機としては、アスター商事の在庫商品等を、その簿価で代物弁済として受け取ると約した以上、右の在庫商品等の所有権移転で、約一億五〇〇〇万円の売掛金債権が消滅することを覚悟して、右契約を結んだと見るのが通常である。

従って、原判決が、この点に関する富士冷機側の証人の証言を採用しなかったことは当然である。

(二)原判決認定(八丁裏)のとおり、富士冷機の二億六三〇〇万円の債権放棄を「そのまま公表処理することに問題があり、アスター商事に対する債権を何らかの方法で回収したように形式を整える必要が生じた(この点の証拠は別紙のとおり)」ため、前記一二月八日の合意内容を「経済的、実質的に変更するわけではないが、富士冷機側はこの債権放棄をそのままの形ではなく、経理上損金算入が認められるように処理すること」となった(証人古池俊明に対する昭和六二年四月一四日証人尋問調書六四丁以下)。

(三)その方法として、昭和五七年三月一五日頃までに、富士冷機(その立案に当たったのは古池俊明、広幡忠恒であり、その事務担当者は原靖雄、平山隆)、被告会社(事務担当者柴田一夫)、アスター商事(柴田作成の案に承認を与えたのは事実上の代表者被告人)の三社間において考えられ、その後実行された手段は次のとおりである。

(a)高橋弘美がアスター商事に金二七〇〇万円を貸付け、同社はその金で富士冷機に対する同額の買掛債務を支払い、高橋は、アスター商事に対し、右貸金返還請求権を放棄した(原判決八丁表参照、なお、証人古池俊明に対する昭和六二年一月二二日証人尋問調書八三丁以下参照)。

(b)富士冷機は、作成年月日を昭和五五年一〇月一五日まで遡られたアスター商事とのリベートに関する覚え書きを作成し、これに基づいて、同社に対し、一億二二二九万円余のリベート支払い債務があるとして、右債務とアスター商事に対する売掛金債権とを対当額で相殺処理した。

(c)富士冷機は、昭和五七年一月から三月までに、同社がアスター商事から、原判決認定のいわゆる返品を受けたとして、合計一億八一七七万円余の前記買掛金債権を消滅させた。

(d)そして昭和五六年一二月二〇日現在、アスター商事の前記二の(一)の(ハ)の一億三四〇〇万円の支払いがあっても(この支払い資金は、主として被告会社提供の担保を利用して、アスター商事が三和銀行から借り受けた金員を利用したものである。)、なお、富士冷機のアスター商事に対する債権が約四億一九七三万円あったので、前記(a)、(b)、(c)の債権消滅行為によっても、なお、残債権が八八六五万円余残ることとなったのである。

従って、富士冷機は、原判決八丁表記載の必要から、昭和五七年三月頃、右八八六五万円の債権回収の形を作るため、「被告会社に対し、富士冷機のアスター商事に対する債権の処理上、アスター商事振り出し、被告会社裏書の同額の手形を富士冷機あてに振り出してほしい旨要請すると共に、右手形の決済資金は、富士冷機が被告会社に売り渡す機械の代金から値引きをする形をとることによって、実質的に補填する旨申し入れ(原判決八丁表より裏参照)」、そして右値引を受けた被告会社は、同社のアスター商事に対する売買代金から毎月の右手形金額に応ずる額の値引きをする形をとることによって、同社に対し前記手形の決済資金を得させる旨三社間に約定がなされた。

以上の諸点については、甲一〇三号捜査報告書(その九)資料三(富士冷機の用紙を使用し原、平山が記載したもの)、証人柴田一夫に対する昭和六二年九月九日証人尋問調書五五丁以下が特に参考になる。

この(d)の事実は、後にアスター商事の松島孝が、総額八八六五万円余に上る前記手形の毎月の支払いについて、被告会社から、その資金を必ず出して貰えると思っていたので、そのことを被告会社の入谷昭に照会したところ、被告会社のアスター商事に対する売掛金から毎月の手形金額に相応する額の値引きをする形をとることによって、同社に対し、その手形の決済資金を得させる約束になっているという説明を受けたことが認められることで確認される。この点について、証人入谷昭の昭和六二年七月二九日証人尋問調書(特に四八丁以下)、及び証人松島孝の同年一〇年三〇日証人尋問調書(特に六一丁以下)参照。

従って、前記約定により、被告会社にアスター商事に対する前記資金供与債務が発生したというべきである。

(四)以上の事実から見ると、昭和五六年一二月八日の富士冷機とアスター商事間の二億六三〇〇万円の債務免除契約により、同社に対する富士冷機の同額の売掛金債権は、既に消滅しており、その外に、アスター商事が一億三四〇〇万円の支払いをしており、更に同社の簿価一億五〇〇〇万円の商品等の返品があったと見るべきであるから、昭和五七年三月下旬には、アスター商事は富士冷機に対し、何らの債務も負担していないことになった筈である。

しかるに、前述のとおり、アスター商事が前記八八六五万円の手形を振り出し、被告会社もこれに裏書して富士冷機に交付したのは、その決済資金が、売買代金値引きの形で、まず富士冷機から被告会社に、次いで、被告会社からアスター商事に流れて来て、その金で同社が右手形を決済することができるため、結局、被告会社にとっても、アスター商事にとっても、実質上負担を増大させるものではないからである(原判決八丁裏参照)。

そして、それにより富士冷機は、実質上自己の負担ではあるが、債務者アスター商事から、債務の弁済を受けた形式を整えることができるのは当然である。

(五)仮に、富士冷機の前記二億六三〇〇万円の債権放棄の効果が生じていないとしても、同社は、前記昭和五六年一二月八日の契約の趣旨を「実質的、経済的に変更する」つもりはなかったのであるから(証人古池俊明に対する昭和六二年四月一四日証人尋問調書六五丁以下)、同額の売掛金債権を、放棄以外の何らかの方法で、自己の負担により処理する責任を負うことに異存はなかったものである。

右一二月八日の約旨による、富士冷機の二億六三〇〇万円の債権放棄に実質的にあたる負担行為を見ると、(イ)前記(三)の(a)記載の高橋弘美の二七〇〇万円の出捐、(ロ)同(三)の(b)記載の、富士冷機がアスター商事のために一億二二二九万円のリベート債務を創設して、これと売掛金とを対当額で相殺したこと、(ハ)同(三)の(c)記載の約旨より、約三一七七万円分も多くの返品を受け取ったことにしたこと、以上の三点にすぎない。

右二億六三〇〇万円の債務免除のかわりになつたものは、右(イ)、(ロ)、(ハ)合計一億八一〇六万円の債務消滅行為に過ぎないから、結局、約八二〇〇万円程度が富士冷機のアスター商事の債務に対する負担漏れとなっている計算である。

この点、前記手形金額八八六五万円とは若干数字を異にするが、これは昭和五六年一二月八日に判明していたアスター商事の債務額が、その後の調査により増大したためである。被告会社としては、同日の契約により、アスター商事の債務につき、一億三四〇〇万円を限度にその負担をすることを約したに過ぎないから、その後判明した債務額は、当然アスター商事の旧株主である他の契約当事者が負担すべき筋合いである。

そして、富士冷機が前述の値引きの形をとって、実質上八八六五万円の負担をすることを実行したことから見ると、富士冷機は、残債権八八六五万円を自己の負担において消滅させるべき債務があるとして、これを現実に実行したものと見るのが相当である。

このことは、甲六〇号証原調書添付念書において明白となっている。

三 以上によれば、総額八八六五万円の約束手形は、原判決認定のとおり(同一〇丁裏)二億六三〇〇万円の債務免除を公表することを避け、アスター商事から債務の履行を受けた外観を作出する手段として振り出されたこと、すなわち、右手形の決済資金は、富士冷機の負担となるよう、まず、同社において、被告会社に対する売買代金の値引きの形で被告会社にその資金を流し、その外観上値引き分に当たる資金は、更に被告会社からアスター商事に対する売買代金の値引きの形をとって同社に供与され、同社がその資金をもって、富士冷機に債務を返済する約旨であったことは極めて明白である。

四 以上の事実を基礎として見れば、弁護人らの、この八八六五万円の約束手形に関する主張は、当然肯定さるべきこと二通の控訴趣意書において詳細に主張したところである。

原判決は、九分九厘まで弁護人ら主張の道を進みながら、最後の段階で論理上当然の道を踏みはずしたのは、被告会社のこの点に関する経理上の処理に惑わされたものと思われる。

被告会社が、この点を経理上どう処理しようと、法人税法上の損益の発生は、事実によることは当然であって、これらの事実に反する記帳によって、被告会社に権利ないし利益が発生する筋合いでないこと当然である。

第二 前記控訴趣意書第二についての補充

大蔵事務官大水孝幸作成「期末商品たな卸高調査表」によると、被告会社に在庫する中身商品の滞留品であっても、新品同様の価値があると評価されていることは、前記控訴趣意書で述べたとおりである。

しかしながら、被告会社においては、滞留品とは、商品価値のないものとして扱っていたものである。

すなわち、被告会社は、昭和五六年一二月頃、同年一一月末現在のアスター商事の在庫商品の査定をするに際し、中身商品の三〇%が滞留品であって、その商品価値はないものとして評価し、その調査の結果を富士冷機に提示していた。

この点の証拠は、(イ)甲一〇三捜査報告書(その九)アスター商事一一/末試算表資料(8)(ロ)証人柴田一夫に対する昭和六二年九月九日証人尋問調書三九丁以下、(ハ)昭和六二年一月二二日証人古池俊明に対する証人尋問調書六六丁以下等である。

これについて、富士冷機側も、この滞留品が商品価値のないことそれ自体については、特段の反論もなかった模様である。

前記(ハ)の証人尋問にあたっては、検察官は、その主尋問において前記(イ)の証拠を古池証人に示しながら、そこに記載されている原料商品(被告会社の中身商品に該当する。)について、三〇%滞留品在庫などの記載の意味を尋ね、同証人は、滞留品とは回転しない在庫と推定し、帳簿上六九九一万円余の原料商品の在庫があるが、そのうち滞留品が三割あるため、その評価は七掛けであるとの趣旨と思われるといわせて、そのまま先に進んでいる。

検察官は、被告会社の中身商品の滞留品は、新品同様の価値があると主張し、かつ、立証している立場にあるのであるから、その主尋問において、同業者であるアスター商事の中身商品の滞留品に関し、前述の古池証人のような証言を引き出したままにしておくのは通常では考えられないところである。

このような事態が起こったのは、缶ドリンクの滞留品は、商品価値がないと見るのが極めて自然で、常識的な見方であるためと思われる。

従って、前記大蔵事務官の調査表中、この点に関する記載は、極めて非常識なもので信用できないものというべきである。

原判決七丁表

そこで検討するに、関係証拠を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち、被告人は、昭和五六年一一月一九日、富士冷機側からの申入れに基づき、富士冷機の永井隆常務及びアスター商事の高橋弘美社長との間で、被告会社が富士冷機傘下のアスター商事を買収することを承諾し、その際、アスター商事の資産状態について同年九月末日現在の損失を八六〇〇万円、同年一〇月分の予想損失を一七〇〇万円、同年一一月の予想損失を一五〇〇万円として、そのうち富士冷機及び高橋社長で六〇〇〇万円を、被告会社が残りの五八〇〇万円を負担する旨の合意がいったん成立したが、

証拠甲五四

永井隆に対する昭和六一年四月一四日付検事調書添付資料2 株式譲渡契約

同 3

同 4

原判決七丁裏

被告人は、被告会社の柴田一夫部長に対し、アスター商事の資産状態の洗い直しを命じたところ、富士冷機から提示された資産状態よりはるかに資産内容が悪い旨の報告を受けた。そこで被告人は、同年一二月七日、右永井ら富士冷機側とアスター商事の資産内容についての検討会議を持ったが、紛糾して結論を得ることができず、翌八日、被告人と永井常務との間で、富士冷機のアスター商事に対する債権は合計五億四七〇〇万円であり、うち一億三四〇〇万円についてはアスター商事振出・被告会社裏書の手形で支払をするものの、残債権のうち二億六三〇〇万円は富士冷機がアスター商事に対し債務を免除し、一億五〇〇〇万円はアスター商事の在庫商品を返品することによって代物弁済することとした。

前掲資料5

同 6

同 7

債務免除につき

古池俊明の昭和六一年四月九日付検事調書二八丁以下

原判決八丁表

ところが、その後富士冷機は、社内での検討の結果、アスター商事に対する前記二億六三〇〇万円の債務免除をそのまま公表処理することに問題があり、アスター商事に対する右同額の債権を何らかの方法で回収したように形式を整える必要が生じたことから、

証人古池俊明に対する昭和六二年一月二二日証人尋問調書(第七回公判)七一丁以下

同証人に対する同年四月一四日証人尋問調書(第九回公判)四八丁以下

同六五丁以下約束したことを公表するような形では処理できないことになったが、………一二月八日合意の経理処理面を富士側にとって損金算入が認められる形で行うことになった。………経済的、実質的な変更はないが、ただ方法論を話し合いながら(変えることとなった)、

原判決八丁表四行目から

富士冷機は、作成年月日を昭和五五年一〇月一五日まで遡らせたアスター商事とのリベートに関する覚書を作成し、これにより同社に対し一億二二〇〇万円のリベート支払債務があることとして右債務とアスター商事に対する前記債務とを同額で相殺処理し、また高橋社長の出捐によって二七〇〇万円の弁済を受け、更に、アスター商事の帳簿に記載されている商品及び簿外商品並びに被告会社からアスター商事に移した商品を適宜金額を定めて帳簿上の返品処理を行ったが、右の方法によっても八八六五万円余の債権が残ることになったため、昭和五七年三月下旬ころ、被告会社に対し、富士冷機のアスター商事に対する債権の処理上、アスター商事提出・被告会社裏書の手形を富士冷機あてに振出して欲しい旨要請するとともに、右手形の決済資金は、富士冷機が被告会社に売り渡す機械の代金債権から値引をすることによって実質的に補填する旨申し入れるに至った。

証人古池俊明に対する昭和六二年五月一二日証人尋問調書甲一〇三号証捜査報告書(その九)資料二、四、五、三

証人柴田一夫に対する昭和六二年九月九日証人尋問調書五〇丁以下

同五五丁以下前記資料三は、富士冷機の平山が作成したもの

証人入谷昭に対する昭和六二年七月二九日証人尋問調書三八丁以下、四八丁以下六二丁以下

原靖雄に対する昭和六一年四月七日付検事調書添付念書(昭和五七年三月二〇日付)

甲九六捜査報告書(その二)資料アスター関係と題する書面

原判決八丁裏

これに対し、被告人は、富士冷機からの申入れが実質的に被告会社の負担を増大させるものでないことから、これを了承し、部下に対し、アスター商事振出・被告会社裏書の約束手形一二通(額面合計八八六五万七〇二七円、支払期日昭和五七年七月から同五八年六月までの各二〇日)を富士冷機に渡すように指示し、同年三月二〇日ころ右約束手形が振出された。

証人入谷昭に対する昭和六二年七月二九日証人尋問調書四一丁以下

前掲念書(昭和五七年三月二〇日付)

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